第156話

 弾丸は、亡者の頭を撃ちぬいた。空気の抵抗を越えて、頭の真ん中に風穴を明けた。亡者は「それ」に倒れたが、それで彼女の攻撃が終わるわけではない。荒野の亡者達がまだ残っている以上、彼女の弾丸もまた撃たれつづけた。


 弾丸は一体、また一体と、亡者の頭を貫いていく。それも寸分の狂いもなく、標的の亡者がどこにいて、どんな姿勢であろうと、彼女が自身の身体に回転やら演舞やらを加えて、亡者の動きを次々と奪っていた。

 

 俺は、その光景に胸を打たれた。普通なら「すごい」と驚くだけなのに。彼女が空中の一点から亡者を撃ちぬく姿、着地の瞬間に拳銃をくるりと回す瞬間、そこから振りかえって亡者の頭を貫く姿、そのすべてに感銘を受けてしまったのである。あんなに軽やかな動きは、今まで見た事がない。


 隠密の得意なマドカも彼女と同じような感じだったが、マドカが「陰」の類なら、彼女は「陽」の類だった。相手の陰から挑むのではなく、その正面から挑んでいく。敵の正面から挑んで、その命を奪っていく。地面の上に降りたった瞬間、二体の亡者を同時に仕留めた技術には、思わず「うぉおおおっ!」と叫んでしまった。「す、凄い!」

 

 ツイネは……うん、ここはもう「ツイネ」でいいだろう。そう呼んだ方が、彼女も嬉しいだろうからね。目の前の彼女に賞賛を送った時も、真面目な顔で彼女にそう呼んだ。


「流石は、一流の狙撃者だね?」


「にひひひ」


 それの後に音符が見えたのは、俺の気のせいだろうか? とにかく、そんな雰囲気が感じられた。彼女は腰のホルスターに拳銃を戻して、右手の人差し指と親指でピースサインを作り、自分が撃ちころした亡者達の結晶体を拾って、俺の前にまた戻りはじめた。


「なかなか大量だね。これなら、きっと」


「うん、美味しい物も食べられる。分厚い肉にも、ありつけるよ!」


 俺は、今の報酬に胸を躍らせた。彼女もそれにつづいて、自分の鼻を鳴らした。俺達は不可思議な状況の中で、その嬉しい報酬に「ニッコリ」と笑いつづけた。俺は、鞄の中に結晶体を仕舞った。彼女が両腕いっぱいに結晶体を抱えていたので、「それは、いくらなんでも大変だろう」と思ったからである。俺は「ニコッ」と笑って、彼女の足を促した。町への行き方が分からない以上、ここは彼女の足に従わざるを得ない。


「さっきの亡者達がまた、出てきたら大変だしね。今は、とにかく進むしかない」


「うん!」


 彼女は「クスッ」と笑って、荒野の中をまた歩きはじめた。俺もそれに続いて、荒れはてた大地を歩きはじめた。俺達は殺風景な荒野の中を進み、夜には丁度いい場所で野宿、昼には無言の前進をつづけて、例の町を目指した。例の町は、それから三日後の事だった。俺達は安そうな宿を見つけると、そこに自分達の荷物だけを置いて、宿屋の人から教えてもらった病院に向かった。


病院の中には、多くの患者達が見られた。待合室の長椅子に腰かける人や、受付の女性と何やら話している人。俺の左隣に座っていた老婆も、何かの病気にかかっているのか、自分の右足を何度も掻いていた。俺達は彼等の中に混じって、俺の順番が来るのを待った。


 俺の順番は、すぐに来た。彼女が病院の受付に話したタイミングがよかったのか、三人目の診察が終わったところで、俺の名前がすぐに呼ばれたのである。俺達は「それ」に応えて、診察室の中に入った。診察室の中には一人……彼がきっと、ここの医者だろう。中年の男性が座っていた。俺達は彼の指示に従って、医者の正面に俺、その隣に彼女が座った。


 医者は、目の前の俺達に微笑んだ。俺達の不安を和らげるように。「その身なりからすると、冒険者だね? 君達」


 それに応えたのは、俺の隣に座っていたツイネだった。ツイネはいつもの口調こそ変えなかったが、相手への礼儀は決して忘れないらしく、医者の質問に「はい、そうです」と応えていた。「荒野の中を歩いていたら突然、彼がおかしくなって。魔族の攻撃にたぶん、『やられたからだ』と思うけど。今までの事を忘れちゃったみたいなんです」


 医者は、その言葉に表情を変えた。特に目の部分、この部分が著しい。ツイネが彼に「今までの事を忘れてしまった」と言った瞬間、その表情を一気に曇らせた。医者は手元のカルテ(患者の病状をまとめた物らしい)に目をやると、それをしばらく眺めて、俺の顔にまた視線を戻した。


「『ゼルデ君』と言ったね?」


「は、はい! ゼルデ・ガーウィンです」


「本当に覚えていないの? その魔族と戦った事も含めて」


「はい、本当に覚えていないんです。自分がどうして、あの場所にいたのかも。俺は! 先生」


「うん?」


「信じてもらえないかも知れないけど。俺が今から言う事、最後まで聞いてくれませんか?」


 医者はその言葉に戸惑ったが、やがて「いいよ」とうなずいた。俺が椅子の上から立ちあがるほどに真剣だったので、その雰囲気に思わず驚いてしまったらしい。医者は自分の気持ちを落ちつかせるためか、自分の両手をゆっくりと組みはじめた。「最後まで聞かせて、君の話」


 俺は、その返事に深呼吸した。先生に話す、この話をまとめるために。

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