第154話

 その意識が戻った正確な時間は、俺自身もまったく分からなかった。気づいた時にはふっと目覚めていて、荒野の中にぽつんと立っていた。荒野の中には俺一人、ではない。俺がよく知る仲間の一人、ツイネさんも立っていた。彼女は周りの様子が気になるのか、俺が彼女に「ツイネさん?」と話しかけるまで、荒野の中をじっと見わたしていた。「あっ!」

 

 俺は、その言葉に驚いた。その言葉に違和感(らしき物)を覚えた事もあったが、それから彼女に自分の身体を抱きしめられてしまったからである。俺は彼女の身体が意外と華奢な事、身体の体温が思ったよりも低い事に変な緊張を覚えてしまった。


「ちょっ! どうして? それより」


 俺達はどうして、こんなところにいるのだろう? さっきまではカーチャと、あの町にいたのにどうして? もう、何もかもが分からない。カーチャが消えて、代わりにツイネさんがいる事も。そして、その彼女と一緒にいる事も。


 すべてが、得体の知れない謎に包まれていた。ツイネさんも、俺と同じような顔を浮かべているし。俺達は本来いるべき場所、本来あるべき姿ではない、どこか不思議な空間に投げこまれていた。俺はその感覚に怯えながらも、表面上では平静を保ちつづけた。


「ここは、どこ?」


「『どこ』って? 見たとおりの荒野だよ。本当に何にもない荒野。あたし等は」


「ここに迷いこんだ?」


「……そう、だね。確かにある意味じゃ、迷いこんだのかも?」


 俺は、その言葉に引っかかった。それが表す意図に違和感を覚えたからである。「迷いこんだ」と表すのならまだしも、そこに「ある意味」と付けくわえるのは、どう考えてもおかしかった。俺はそう疑問に思って、目の前の彼女に「それ」をぶつけた。


「君も、この場所に飛ばされたの?」


 その答えは、沈黙。それを答えていいのか迷う、不安の沈黙だった。彼女は俺の目をしばらく見ていたが、やがて重々しい口を開きはじめた。


「あたしが、ここに連れてきたんだ」


「え?」


 あれ? 考えていた答えと違う。「ここに連れてきた」と言う事は。


「君が何かの力を使って、あの町から俺を連れてきたの?」


 ツイネさんは、その言葉にキョトンとした。特に「あの町」の部分には、かなり驚いている様子。彼女は俺が言わんとしている事、「あの町」についてまったく分からないらしく、俺が彼女に改めて「カーチャと一緒に閉じこめられていた。君は何かの力を使って、外から俺達の事を助けてくれたんでしょう?」と聞いても、不思議そうな顔で俺の顔をまじまじと見ていた。


「『カーチャ』って、誰?」


 その言葉に押しだまる、俺。俺は、目の前の現実に目眩を感じた。彼女もどうやら、カーチャと同じらしい。今までの事をすっかり忘れて、そこに新しい記憶が入っている事も。彼女は俺が旅の相棒である事以外、すべての記憶を失っていた。


「そんな、そんなのって」


「ちょっ、どうしたの、本当に? あんた、さっきからおかしいよ?」


 うん、確かにおかしい。彼女の目から見れば、これは確かにおかしいだろう。存在しない記憶に震えて、それに涙を流すのは。普通の神経なら「大丈夫?」と怖くなる筈だ。俺は自分でも笑えるような嘘を、その尤もらしい内容を考えて、彼女に「それ」をついてみた。


「ごめん。頭がちょっと、おかしくなったみたいで。今までの事がどうも、思いだせないんだ」


 ツイネさんは最初、その言葉に応えなかった。それがあまりに突然すぎて、俺が「嘘か何かついている」と思ったらしい。俺に「まさか! あんな雑魚の攻撃で?」と笑いかけた顔からも、その気持ちがしっかりと読みとれた。ツイネさんは不思議そうな顔で、俺の顔をなおもじっと見つづけた。「信じられない。あんたは、あんな程度の敵」


 俺は、その言葉を遮った。「あんな程度」の敵がどんな奴かは分からないが、ここは今の状況を知った方がいいだろう。今の状況が分かれば、その敵とやらも自ずと分かる筈だ。俺は敵の事を何とか誤魔化して、彼女から今の状況を聞きだした。


「ああうん、ちょっと緩んでいたのかな? たぶん、舐めていたんだよ。『こんな雑魚は、いつでも倒せる』ってね。自分の力に高をくくっていたんだ」


「そ、そう。まったく! 『油断大敵』って、いつも言ってんじゃん! あんな雑魚でも、一応は魔族なんだし。一瞬の油断が、命取りになる」


「ご、ごめんなさい。改めます」


「ったく」


「それより」


「なに?」


「情報の確認として、どうしてここにいるの? 俺達」


「それは……」


 あれ? なんだか言いにくそう。質問自体は、ごく普通なのに。何か答えづらい理由でもあるのか?


「あたしがその、『こっちにしよう』って言ったからだよ。『こっちの方が近道になる』と思って、ゼルデの事を引っぱってきちゃったんだ」


「ふ、ふうん、そうだったんだ。それで?」


「うん、今に至る」


「なるほど」


 俺達の背景バックボーンは分からないが、それでも大凡の事は分かった。俺と彼女は(何らかの事情から)一緒に旅して、この荒野に辿りついたのである。


「分かった。ごめんね?」


「うんう、大丈夫。あんたが無事、ではないかな? とにかく死んでなかっただけでもよかったし。頭の方は、医者に診てもらえばいいしね? これから行く町の」


「町?」


「そう、あたし等の。あたし等はセンターの依頼を受けて、その町に行くんだよ?」

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