第153話

 もう、何が何だか分からない。あの老人がカルジさんで、そのカルジさんと自分が戦っていたなんて。頭の方はもちろん、気持ちの方もまったく追いつかなかった。事件の被害者である彼が、その真相に(もしかすると)関わっているかも知れない。すぐには信じられない事だったが、今の情報をまとめる限り、それがただ一つ信じられる事で、それ以外の情報は信じてならない、嘘の情報のように思えてしまった。


 嘘の情報を信じれば、自分の身もそれだけ危険に晒される。目の前に立っている、自分の仲間も。その意味では、(不本意ではあるが)この情報に打開策を見いだすしかなかった。俺はカーチャと一緒に部屋の中から出て、その廊下をゆっくりと歩きだした。「とにかく! 今は、朝食を食べよう。腹が減っては戦はできぬ、だからね? これからの事は、その後から考えればいい」

 

 カーチャは、その言葉に瞬いた。その言葉にたぶん、「ふぇ?」と驚いたのだろう。今の彼女からすれば、俺の言葉は本当に意味不明な筈だから。隣の俺に「宿屋の食堂に連れていって」と頼まれた時も、その言葉に思いきり驚いたに違いない。カーチャは宿屋の食堂に俺を連れていったが、食堂の中には入った時はもちろん、そのテーブル席に座った時も、不思議そうな顔で俺の事をまじまじと見つづけた。


「ね、ねぇ、ゼルデ?」


「うん?」


「しつこいかもだけど、本当に大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。頭の方もだいぶ、落ちついてきたし。昨日の勝負がもし、原因であるなら。その原因にまた、立ちもどればいい。そこを打開策の出発点にして」


「う、うん、そうだね」


「なにか不安なの?」


 カーチャは、その言葉に戸惑った。戸惑った上に「い、いや、別に」と誤魔化した。まるでそう、俺に「自分の動揺を悟られたくない」と言う風に。返事の終わりを濁らせては、気まずそうな顔で俺の目から視線を逸らしたのである。彼女は、テーブルの上をじっと見はじめた。


「ゼルデ」


「なに?」


「やっぱり止めよう? あの人のところに行くのは」


 俺は、その言葉に押しだまった。それに驚いた事もあったが、「その裏側にある物を聞きだしたい」と思ったからだ。それがもしかすると、事件の真相に繋がっているかも知れない。彼女は(表面上では)改変の影響を受けているように見えるが、その実は老人に操られているだけで、残りのメンバーも彼に捕らわれている、あるいは、彼以外の誰かに捕まっているだけかも知れなかった。そう考えると、ここは冷静を装った方がいい。相手に余計な疑問を抱かれないためにも。俺は相手の動きを見る意図で、その表情をじっと見はじめた。


「どうして? 行っちゃダメなの?」


「それは……」


 かなり言いにくそうだ。これは、もしかすると?


「行ったらたぶん、


「え?」

 

 予想外の答え。自分の企みが知られるならまだしも、その答えがまさか……「また負けちゃうから」とは。それには、流石に「はい?」と驚いてしまった。俺はマヌケな顔で、彼女の顔をまじまじと見た。彼女の顔はすまなそうな、気まずそうな雰囲気で溢れている。


「俺、あの人に負けちゃったの?」


「う、うん、それもボロ負けだったワン。ゼルデは、得意の魔法で戦ったけど」


「あの人には、敵わなかった?」


「うん。あの人、かなり強かったから。ゼルデの覚醒魔法も効かなかったよ?」


「そんなに? なら」


 この問題は、かなり厄介かも知れない。仮に「そうだ」としたら、俺には打つ手がないからだ。最強の技が相手に通じない以上、それ以外の方法で挑まなければならない。それこそ、相手が思いもつかない方法で。問題の解決に望まなければならなかった。


 俺は自分の顎を摘まんで、その方法をじっと考えはじめた。だがいくら考えても、その方法が見つからない。それに繋がるような手がかりも、自分の空腹にすっかり負けてしまった。俺は自分の朝食に目をやって、それを「頂きます」と食べはじめた。


「まあ、考えてばかりでもアレだし。今は、自分の腹を膨らませよう」


「え? う、うん、そうだね。あたしも、お腹が減っているし。ここは、思いっきり食べるワン!」


 カーチャは「ニコッ」と笑って、自分の朝食を食べはじめた。彼女がそれを食べおえたのは、俺よりもずっと後だった。彼女は俺と一緒に自分の食器を片づけると、宿屋に昨日の宿泊費を払って、宿の外に出た。宿屋の外は、晴れていた。町の建物にも光が当たって、その表面も「キラリ」と光っている。俺がカーチャと連れだって町の道路を歩きだした時も、俺達の顔にそれがゆっくりと当たっていた。カーチャは不安な顔で、俺の顔に目をやった。


「ゼルデの事、信じていないわけじゃないけど。本当に行くの?」


「行くよ。そうしなきゃ、何も始まらない。彼が何かの情報を握っているなら」


「そう。それじゃ、あたしも」


「え?」


「どこまでも、ついていく。あたしは、ゼルデの幼なじみだから。幼なじみはどんな時も、その相手を裏切らない。あたしはずっと、ゼルデの味方でいたいワン!」



 俺は、その言葉に胸を打たれた。それがたとえ、何かに歪められたモノであっても。俺は心の底から、隣の彼女に「ありがとう」と思った。だが……あれ、どうしたのだろう? 視界が歪む。周りの音もこもりはじめて、彼女の笑顔も見えづらくなった。俺はこの不可思議な感覚、何とも言えない奇妙な感覚に襲われて、ついには自分の意識をテバナシテシマッタ……。

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