第152話
自分がまさか、自分の嫌いな人間になっていたなんて。衝撃よりも強い、恐怖の感情を覚えてしまった。俺は「それ」に頭がおかしくなりかけたが、自分の仲間が自分を見ている以上、その動揺を見られるわけにはいかず、でもすぐに落ちつく事もできなかったので、彼女に中途半端な笑顔を見せる事しかできなかった。
「そっか。その、ありがとう。俺なんかのために残ってくれて」
彼女にそう謝るしかない。俺としてはまったく覚えはないが、ここで変に「違う」とか言いだすと「余計におかしくなる」と思ったので、「今はとにかく誤魔化そう」、彼女にも「ごめんね」と言うしかなかった。「俺、自分の心を改めるから」
俺は目の前の彼女に頭を下げて、その反応をじっと待ちはじめた。彼女の反応は、俺の考えていた以上に凄かった。彼女は(最初こそ)俺の行動に驚いていたが、やがて俺の身体をサッと抱きしめてきた。
「カーチャ?」
「う、うううっ。ゼルデ!」
そこで見た彼女の涙はたぶん、この先も決して忘れないだろう。彼女は純粋無垢な顔で、その両目から涙を流しつづけた。「バカ。バカ、バカ、バカ!」
俺は、その言葉に胸を打たれた。その「バカ」に込められた思いも含めて、彼女の言葉に揺さぶられてしまったのである。俺は彼女の気持ちを落ちつかせようと、穏やかな顔でその頭をゆっくりと撫でた。
「カーチャ」
「うん?」
「落ちついた?」
「少し」
「そっか。それじゃ」
「うん?」
「詳しい話を聞かせて欲しいんだけど。いいかな?」
「ふぇ? う、うん、いいけど? どうして、そんなに聞きたいワン?」
「それがとても大事な事だから、これからの事を考えるためにも。この話は、絶対に聞かなきゃならないんだ」
「う、うん、分かったワン。それで?」
「うん。最初は」
もちろん、俺と彼女の関係だ。今までの話を聞く限り、彼女とは浅からぬ縁であろう。最初の出会いが凄くて、それが今でも続いている場合も考えられるが、俺が今まで生きてきた自分の人生を振りかえれば、自分が相手と深い関係を築くには、それ相応の時間が掛かるし、その関係性もずっと続かなければならない。
その意味で、他人との関わりは一朝一夕ではできないのである。相手の信頼を得るためには、それを裏づける時間と行動が無ければならない。俺は彼女との出会いも含めて、彼女に今日までの出来事を聞いた。
「俺とカーチャは、
「そう、小さい頃からずっと。あたしは、ゼルデの幼なじみだワン」
その言葉に俺が固まったのは、言うまでもないだろう。「世界の改変が起こった」と言え、彼女がまさか、俺と幼なじみだなんて。信じる、信じない以前に「驚くな」と言う方が無理な話だった。俺は「それ」に頭が痛くなる一方で、その表情は平静を装いつづけた。ここで変に取りみだせば、彼女にあらぬ疑いをかけられるかも知れない。
「あっ! うん、そう、だった、ね。俺とカーチャは」
「ゼルデ」
「な、なに?」
「冗談とかじゃないよね? あたしをからかって、楽しんでいるとか?」
「まさか、そんな事! 俺は、本気で」
「そ、そう。なら、まさか」
「うん?」
「昨日のアレが、悪かったの?」
「昨日の、アレ?」
「うん。あの人と戦って、それが」
俺は、その言葉を遮った。言葉の中に出てきた、「あの人」と言う人物。それがもしかすると、事件の鍵を握っているかも知れない。この事態を打ちやぶる重要人物、すべての問題に繋がる元凶。事件の真犯人。その正体が分かれば、「この状況にも光が見える」と思った。俺はアホな自分を演じて、彼女から「あの人」について聞きだそうとした。
「お、おかしくなったかも知れない。自分の頭がおかしくなって、今までの事を忘れちゃったのかも。だから」
「だったら、余計に悪いワン!
「ね、ねぇ?」
「なに?」
「俺はその、まったく覚えていないんだけど。カーチャの言う、あの人って?」
「カルジさんだよ、町外れの小屋に住んでいる。ゼルデは、その人に勝負を挑んだの」
「どうして? 『カルジさん』って言うのは、別に魔物じゃないんでしょう? 魔物じゃない人に勝負を挑むなんて?」
カーチャはまた、俺の言葉に目を見開いた。それこそ、「その言葉が信じられない」と言う風に。
「カルジさんは、元冒険者だよ」
「元冒険者?」
「うん、今は辞めちゃったらしいけど。カルジさんは自分の幼なじみだった奥さんと結婚して、あたしがさっき言った家に暮らしているワン。ゼルデはカルジさんと腕試しして、それから」
「おかしくなったんだ?」
「う、うん。正確? には、カルジさんに負けてからかな? ゼルデ、かなり落ちこんでいたワン。あたしともほとんど話さなかったし。今日の朝も、あたしに『もうちょっと寝かせて』って言っていたし。ゼルデは、凄腕の冒険者だから」
「俺が凄腕の冒険者かは分からないけど。俺はその、カルジさんに負けてふてくされていたわけだ?」
「ま、まあ、そういう事になるワン。ゼルデ、かなりの負けず嫌いだし。昨日も、『明日は絶対に勝つ!』とか言っていたしね」
「そ、そうなんだ。それでその、『カルジさん』ってどんな感じの人?」
その答えは、文字どおりの衝撃だった。彼女が話したカルジさんの特徴は、俺に改変の事を教えてくれた人物、あの老人とまったく同じだったからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます