第151話
世界の改変。それは、俺の考えていた以上に恐ろしい事だった。「自分」と言う存在は変わっていないのに、それに関わるすべての事象が変わっている。俺と俺の人生を形づくっていたモノが、その根底から覆されている。「時間」と言う概念、「世界」と言う感覚は変わらなくても、そこに広がっている光景がすっかり変わっていたのだ。
俺のところに駆けよってきた(と思われる)少女、つい昨日まで俺と一緒に旅していた少女もまた、その影響をもろに食らっていた。彼女は自分の名前こそ忘れてなかったが、俺との旅はすっかり忘れていたらしく、俺が(俺はまったく見覚えにないが)宿屋の中で目を覚ますと、その寝床に向かって思いきりのしかかっていた。俺はその衝撃に驚きすぎて、ベッドの上から「うわっ!」と起きあがってしまった。
「か、カーチャ?」
「ワン?」
うん、語尾は変わっていない。でも、その雰囲気がかなり違っていた。雰囲気の本質こそは変わっていないが、その外面に不思議な違和感がある。彼女が彼女でないような、そんな感じの雰囲気が漂っている。当の本人は、「それ」にまったく気づいていないようだけど。彼女は擬人化少女よろしく、頭の耳(あんなモノ、あったか?)を何度も動かしつづけた。
「ずっと下で待っていたのに。もう、一時間も遅刻だよ!」
「遅刻? 遅刻って、今日はみんなと」
「みんな?」
その沈黙はたぶん、決してわざとではない。昨日の話を聞いて思いついた冗談でも。彼女は「本当に分からない。貴方は、何を言っているの?」と言う顔で、俺の顔を何度も見かえしつづけた。「また、新しい仲間を見つけたの?」
俺は、その言葉に違和感を覚えた。特に「
世界の改変、事象の変更。今までの記憶を消しさる、恐ろしい現象だ。頭の混乱だけが、それを裏づける現実。自分は今、その現実に迷いこんでいるのだ。が、それに怯えてはばかりはいられない。異常の原因は分からなくても、異常の現実は分かるのだから。それに驚く事はあっても、必要以上に怖がる事はないのである。
俺は何度か深呼吸して、彼女の顔をまた見はじめた。彼女の顔はやっぱりキョトン、俺の気持ちがまったく分かっていないらしい。
「ねぇ?」
「うん?」
「俺のパーティーは今、何人?」
「何人?」
俺の言葉にまたも押しだまる、カーチャ。カーチャは俺の顔をまじまじと見たが、やがて不安げに「う、ううん」と唸りはじめた。「本当にどうしたんだ、ワン?」
俺は、その言葉に無視した。それは事実であって、真実ではない。俺が知っている、あの苦しくも楽しい真実では。これが真実でない以上は、彼女の言葉にも怯える必要はない。
「俺は、正気だよ?」
「なら、もっと大変だワン! ゼルデのパーティーには今、あたししか残っていないんだよ」
「残っていない?」
引っかかる言い方だ。その言い方では元々は何人かいたけれど、ある時期から一人、また一人と減って、「今では彼女しか残っていない」と言う風になってしまう。俺はその事実に驚いたが、彼女には「それ」を決して見せなかった。「
カーチャは、その言葉に驚いた。言葉の中に入っていた名前を含めて。彼女は自分と俺との間に壁を、それも見えない壁を見ているようだった。「誰? その子達?」
俺は、その返事に目を見開いた。それは聞いてはならない返事、受けいれてはならない事実だった。自分の親友達と出会っていない事実、その関わりが無くなっている現実。それが今、彼女の記憶を形づくっていた。ありもしない、偽りの記憶を。カーチャは「それ」を信じ、「それ」を認め、「それ」を見ていた。
「あたしが覚えているのは、あたしと同じ獣人の仲間達ワン。ゼルデが自分のパーティーから追いだした」
「ちょ!」
待って? 俺が自分のパーティーから仲間を追いだした? 自分のパーティーから追いだされた俺が? 冗談ではない。俺が、そんな事……。
「するわけないだろう? 絶対に! 俺は、自分のパーティーから」
「したんだよ」
「え?」
「ゼルデは、自分のパーティーからみんなを追いだしたんだ。『無能な奴らは、いらない』って、『俺には、カーチャだけいればいい』って。あたし以外の仲間をみんな、追いだしたんだワン」
俺は、その言葉に目眩を感じた。その言葉がたとえ、「偽りだ」としても。自分が自分の仲間を追いだす側になるのは、かなりの苦しみを覚えてしまった。俺は胸の吐き気を抑えて、何度も深呼吸を繰りかえした。
「君は」
「うん?」
「どうして、残ったの? 俺にいくら『残れ』と言われたってさ、普通なら『冗談じゃない』って出ていくのに? そんなクソ野郎が相手なら」
カーチャは「それ」に戸惑ったが、やがて恥ずかしげに笑いはじめた。まるでそう、俺の不安を和らげるように。
「残りたかったから」
「え?」
「あたしが出ていったらゼルデ、本当に独りぼっちになっちゃうもの。だから、どうしても見すてられなかった。あたしはゼルデの事、大好きだからね」
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