裏15話 夜の二時(※三人称)
幽霊の話はざっくり言うと、こんな感じだった。幽霊がこの町に現われた時期は分からないが、(店主曰く)いつの間にかいたらしい。幽霊は町の中をフラフラとさまよって、その住民達をとても怖がらせた。ある時には町の夜道で、またある時には真っ昼間の昼間で。幽霊は所構わずに現われては、その場にいた住人達をただ震えあがらせた。
住人達は、その被害に頭を抱えた。「ただでさえ大変な世の中だ」と言うのに。それは魔物の存在よりも怖く、魔王の力よりも恐ろしかった。住人達は幽霊の正体について様々な憶測を飛ばしたが、「こう言うのは専門家に見てもらった方がいいだろう」と言いあって、近くのギルドセンターに「実は」と話してみた。「それで、この事態が収まれば」と。
だが、現実はそう甘くはなかった。ライダル達が既に聞いた通り、センターはそう言う依頼を扱っていない。それがたとえ、「魔族絡みの現象だ」としても。その証拠が出されなければ、センターとしても彼等に「ごめんなさい」と言うほかなかった。「そう言うのは、専門の方にご相談ください」と、そんな風に断らせてしまったのである。センターは一応の記録は取ったようだが、彼等の事は「申し訳ありません」と追いだしてしまった。
住民達は、その対応に憤った。特に「専門家にご相談ください」の部分には、より一層の不満を抱いてしまった。「魔族への対応が大変なのは分かるが、自分達の事も少しは考えてほしい」と、そんな愚痴をこぼしてしまったのである。彼等はセンターからの救いを諦めて、その言葉にあった「専門家を頼ろう」とうなずきあった。
だがこれも、やはり駄目だったらしい。彼等は自分達の町に専門家を招いたが、それに幽霊の存在こそ認めてもらったが、その対応については「自分には、どうする事もできない」と言われてしまった。「この幽霊はどうも、普通の幽霊とは違う。普通の幽霊には(専門家の経験では)思考力がほとんど残っていないが、コイツには人間の思考らしい物がちゃんと残っていて、それが町の中を歩かせているんだ」と言う風に。専門家は「気休め程度の物だが」と言う事で、町の住人達に(おそらくは、魔除けの意味だろうが)小さな十字架を配った。「それを肌身外さず持っている事。十字架には、邪な者を払う力がある」
住人達は、その言葉に押しだまった。それに押しだまる以外、彼等には何とも返事もできなかったからだ。彼等は恨めしいような、それでいて悔しいような気持ちで、専門家が町の中から出ていく様子を眺めつづけた。店主は、その記憶に溜め息をついた。
「俺達は、見すてられたのさ」
吐きすてるような言葉。事実、それ以外の言葉が見つからないらしい。店主は専門からもらった気休めの十字架を取りだして、ライダル達に「それ」を見せはじめた。
「こんな物で誤魔化してさ? アイツは、専門家を装ったペテン師だよ。普通の人間には分からない事なら、その真偽は確かめようがないからね。そいつの事は、誰も責められない。精々、『どうして助けてくれないんだ』と嘆くだけさ」
ライダルは、その言葉に暗くなった。その言葉には諦めが、それも深い絶望が感じられたから。それに「諦めちゃダメです」と言いかえすのが、どうしてもできなかったのである。ライダルは真面目な顔で、相手の目を見かえした。
「
「傾向?」
「はい。例えば、『どの時間帯が出やすい』とか?」
店主は、その質問に戸惑った。今までは幽霊の事に苛立っていただけだったが、そう言う事はあまり考えた事がなかったらしい。店主は質問の答えをしばらく考えていたが、やがて「そうだな」と答えはじめた。「これは俺の感覚、周りの奴等から聞いた程度でしかないが。奴は大体、
ライダルは、その言葉に眉を寄せた。マティも、自分の顎を摘まんだ。彼等は「夜の二時」と言う時間に何かを感じたが、新しい情報を知りたかった気持ちもあって、相手にはその何かを伝えなかった。二人は最初にライダル、続いてマティの順に話しはじめた。
「幽霊が出やすい場所は?」
「町の真ん中辺りにある広場、そこによく現われるらしい。夜の仕事から帰る奴等が、そこに佇む幽霊を何度も見ている」
「こちらが幽霊を見た時、幽霊の側から何かされるか?」
「危険な事は、何も。ただじっと見られるか、こちらに歩みよってくる事はあるようで。幽霊は」
「相手に何かを伝えたいのかも知れない」
「え?」
「俺の憶測でしかないがね? 相手に攻撃の意思が感じられない以上、そう考えるのが自然だろう。相手はたぶん、生者のお前達に伝えたい事があるんだ」
店主はまた、相手の言葉に押しだまった。今度は、「驚愕」と言う顔で。
「まさか、そんな! でも一体、なにを?」
「それを調べるのが、僕のこれからやる事です。僕は絶対、幽霊の正体を暴いてみせる」
ライダルは「ニコッ」と笑って、マティの顔を見た。マティの顔は笑ってこそいなかったが、その表情はどこか柔らかかった。
「夜の二時までまだ、時間がありますね。どうしますか?」
「そうだな。とりあえずは、剣の鍛錬でも。その前に一つ」
「はい?」
「店主」
そう呼ばれて驚く、店主。自分がまさか呼ばれるなど、夢にも思っていなかったようだ。店主は不安げな顔で、マティの顔を見かえした。
「な、なんだい?」
「その幽霊なんだが、人の言葉は話せるのか?」
「分からない。だが、呻き声は聞えるようだ。何かを捜すような顔で、『うっ、うっ』と」
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