第149話 未解決の依頼 5

 本気の調査は、相手との心理戦だった。相手の考えは、何となく分かる。「俺達の動きを探ろう」とする動きも、その動機が薄らと分かる。相手はきっと、こちらの隙を窺っているのだろう。俺達が何かしらの隙を見せた瞬間、それに「しめた!」と掛かってくる筈だ。自分の経験を振りかえる限りはね、そうなるのが大体だったのである。だからこそ、気を緩めてはならない。こうして歩いている間も決して、その相手に隙を見せてはならないのである。

 

 俺は仲間との会話もできるだけ抑え、その気配もなるべく隠して、町の中をゆっくりと調べつづけた。町の中は、「奇妙」と言うべきか? とにかく不思議で、不可思議だった。さっきも感じた通り、普通が普通すぎる。道行くすべての人々にそれが起こっている。俺がたまたま話しかけた老人も、その普通すぎる普通に染まっていた。俺は周りの仲間達に目配せして、老人の顔にまた視線を戻した。老人の顔はやっぱり普通、見知らぬ旅人への警戒心を見せている。


「突然、すいません。ちょっと伺いたい事があるんですか?」


「なんだい?」


 うん、人の良さそうな声だ。その表情にもまた、例の緊張が残っている。老人は俺の顔をまじまじと見たが、やがてゆっくりと話しはじめた。


「こっちにも、仕事があるからね。あまり長いのは、ごめんだよ?」


「分かっています。それじゃ、単刀直入に。この町で何か、不思議な体験を」


 老人は、その質問に目を見開いた。質問の内容自体は特におかしくはない(と思う)が、彼には「それ」が驚きだったらしい。俺の目を見かえす視線にも、言いようのない恐怖が感じられた。老人は自分の足下に目を落として、その地面をじっと見はじめた。


「止めろ」


「え?」


「その質問は、ここでは禁忌タブーだ。そう言う質問を投げかける事自体」


 老人は一つ、息を吸った。それで自分の気持ちを落ちつかせるように。


「出ていけ」


「はい?」


「悪い事は、言わない。この町から今すぐに出ていくんだ。それが最善の、唯一無二の選択肢だ。それ以外は決して、選んではならない」


 そう言われて、素直に「はい、はいそうですか」とうなずけるわけがない。そんな話を聞かされた以上は、相手にも「そうは、いきません」と言いかえしてしまった。「俺達には、この依頼を果たす義務があるので。何もやらずに」


 老人は、その言葉を遮った。「それが自分の意思表示」と言わんばかりに。彼は不機嫌な顔で、自分の頭を上げた。「黙れ!」


 俺は、その言葉に驚いた。それは「言葉」と言うよりも、ほとんど怒声に近かったからである。俺は彼の鼻息荒い顔、右手の拳を振りあげた動きに驚いたが、そこは冒険者の反射神経が働いて、彼の拳が振りおろされた瞬間に「それ」をサッと掴んでしまった。


「落ちついてください。そんなに怒ったら」


「くっ! うっ」


「周りの人からも、ほら? あそこ」


「え?」


「建物の裏に隠れた。あの人はずっと、俺達の事をつけているんです。俺達がこの町で一体、何を調べているのか? それをたぶん」


「調べているんじゃない」


「え?」


「ただ、怖がっているだけだ。余所者のお前達に警戒心を抱いている。ここには、多くの冒険者達が来るからな。その中には、町の中を荒らす奴等もいる。自分達の力を使って、犯罪紛いのそれを……。とにかく、そう言う事だ。アレは、お前さん達の思っているような相手じゃない」


「で、でも!」


 そこに割りこんだミュシアさん、俺よりもずっと冷静です。相手の目を見つめる視線にも、それを表す雰囲気が感じられた。ミュシアは俺と彼の間に立って、彼にその雰囲気を当てはじめた。


 

 これは相手への一撃目、らしい。相手の精神を揺さぶる、最初の一撃目だった。彼女は「それ」に押しだまる相手を見て、その沈黙にまた新しい攻撃を加えた。


 

 その返事はやっぱり、沈黙。彼女の攻撃にじっと耐えているだけである。その顔はどう見ても、彼女の言葉に苛立っていたが。老人は本当なら怒りたい筈なのに怒らず、叫びたい筈なのに叫ばないで、自分の足下にまた目を落とした。


「お前さんも、壊されにきたのか? 自分の人生を」


「自分の人生、を」


 そこまで言った時に閃いたのは、流石の彼女でも思わず震えてしまう程の想像だったらしい。ミュシアは「自分の想像が外れて欲しい」と思ったらしいが、その一方では「これがたぶん、彼の言いたい事に違いない」と思ったようで、背後の俺に助けを求めた。


「ゼルデ」


「う、うん、分かった。ここから先は、引きうける」


 俺は「ニコッ」と笑って、老人の顔に視線を移した。老人の顔は、不安と恐怖に覆われている。


「おじいさん?」


「な、なんだ?」


「外れていたら、ごめんなさい。貴方は、もしかすると?」


 その質問に表情を曇らせる、老人。よし、ビンゴだ。この反応はどう見ても、「彼も何かの事情を抱えている」としか思えない。俺の目から視線を逸らした態度からも、その動揺が窺える。彼は周りの人間には決して言えない、自分だけの秘密を抱えているのだ。それが今回の、町の秘密にも関わっている。「?」


 老人は「それ」に押しだまったが、やがて諦めたかのように「そうだよ」とうなずいた。「儂はここで、生涯の伴侶を失った」

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