第148話 未解決の依頼 4

 未知なる問題は、すぐに起こらなかった。それらしい雰囲気はあったようだが、やっぱり何も起こらない。宿屋の食事はもちろん、それ以外の部分も至って普通だった。俺達が町の朝日を見て、それから行動を起こした時も。町の人々にじっと見られこそしたが、その違和感以外はまったく見られなかった。


 すべてが然るべき場所に置かれ、然るべき行動を取っている世界。そう思わせるように仕組まれている世界。そんな世界を歩いていれば、その感覚もだんだんと薄れてしまう。最初は緊張と不安に包まれていた気持ちも、やがてはいつものそれに戻ってしまった。俺は建物の壁に寄りかかって、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔は俺と同じ、あるいは俺以上の顔で、今の感覚に眉を寄せている。


「少し疲れたね?」


 それに応えたティルノさん、かなりお疲れのようです。彼女はあまり元気な方ではないが、こう言う事は普通の人以上に疲れてしまうようだ。


「はい、とても。わたし」


「え?」


「い、いえ、何でもありません! わたしの聖書も」


 彼女は左手の聖書を開いて、俺に聖書のページを見せた。ページの中には様々な文章(らしき物)が書かれているが、そのどれもがまるで疲れているかのように見えた。


「わ、わたしと同じ思いを。これには、周りの異変を察する」


「力があるの?」


「い、いや、そんな事は! ただ、その、そう言う空気が感じられるだけで。本当のところは、分かりません。でも、嫌な感じがするのは確かです。それがどんな風に嫌なのかは、分かりませんが。とにかく嫌である事に変わりはない。ここはたぶん、本当に危ない町です」


 チアは、その言葉に眉をあげた。彼女との付きあいが長い事もあって、それに何か感じるところがあったのかも知れない。チアは俺の隣に並び、地面の上に鎌を立たせて、自分の身体にそれを引きよせた。


「私も、同じ意見よ。それがどう嫌かは話しづらいけど、とにかく気持ち悪い。まるでこう、だわ。誰かが繋ぎ目の分を掻き回しているみたい」

 

 そう呟く彼女が冷や汗を流したのは果たして、偶然だったのだろうか? 彼女は額の汗を拭って、町の空を見あげた。町の空は「澄んでいる」と言うよりも、どこか色あせている。その見かけは空色に見えるのに、なぜか半透明の何かに見えていた。


「まったく」


 それに続いたマドカも、彼女以上に不機嫌だった。彼女は(「どちら」と言うと)思慮深い

人物だが、この時ばかりは子どものように「チッ」と苛立っていた。


「本当に困った町だよ。冒険者、だけじゃない。ここは、人の絆を壊す町だ」


 その表現は、言えて妙だった。確かにその通りである。ここは、人の絆を壊す町。その関係性を無にする町だ。すべて繋がりが途絶えてしまう町。そんな町にいつづけたらきっと、この心も壊れてしまうだろう。自分が自分でなくなるようにね、すべての事象に落ちこんでしまうかも知れない。あるいは、もっと悲惨な……。「ううっ」


 止めよう。これ以上は、暗くなる。「空の太陽」とは違って、気持ちの方が真夜中になってしまう。周りの仲間達も、「それ」に「だいじょうぶ?」と言っているしね。これ以上は、彼女達にも心配を駆けられない。俺は自分の仲間達に笑って、その動揺を何とか誤魔化した。


「だいじょうぶ、気にしないで。それよりも」


 それに応えたダンヌさん、どこか不思議そうな顔。俺の不安にどうやら気づいているのかも知れない。彼女は俺の顔をしばらく見たが、やがて地面の上に目を落とした。


「考える事、あんの?」


「あるよ、『この町を元に戻す』って言う。『俺達がこんな風になる』って事は、『普通の人はこれ以上に危ない』って事だ。俺達には反撃の手段があるけど、普通の人にはそれがないからね。相手に襲われれば、一巻の終わりだ」


「確かにね。それは、うちも同感。うち等ですら危ないんだもん。普通の人なら一発だよ。これは、絶対にやらなきゃならない依頼だ」


 ダンヌさんは「ニコッ」と笑って、自分の大筒に触れた。それが妙に色っぽかったが、ミュシアさんに「じろり」と睨まれたので、その視線をすぐに逸らしてしまった。そんなに怖い顔で、睨まないでください。ニィさんが、その雰囲気に震えあがっています。ダンヌさんは「それ」にニンマリして、俺の目をじっと見はじめた。


「ふふふ、さっすが女たらし」


 それ、久しぶりに聞きました。恐ろしい言葉、女たらし。俺に付けられた、不名誉なあだ名。


「いつでも、どこでも、女の重圧」


「う、ううう」


 何も言えない。それはたぶん、事実だから。俺には、それに「違う」と叫ぶ勇気がなかった。俺は自分の頭を掻いて、この空気を何とか変えようと努めた。


「と、とにかく! 今はその、調査を進めよう。こうしている間にも、ほら?」


 そう指さした先には、一人の男が立っていた。男は俺達の事を探っていたのか、建物の陰に隠れて、そこから俺達の様子をじっと覗っている。


「相手も、こっちの事を調べているようだし。後手に回るのは癪だけど、ある程度の対抗策は練っておきたいから」


 少女達は、その言葉に押しだまった。それが原因で(たぶん)、相手への警戒心が一気にあがったらしい。彼女達は平静を装いながらも、真面目な顔で俺の目を見つめた。


「そうだね。ここから先は、本気の本気よ」

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