第146話 未解決の依頼 2

 未解決の依頼、か。なるほど。確かにその通りだ。誰が挑んでも、最初に戻ってしまう依頼。双六遊びである、「最初に戻る」のマス。それが今回の、この謎めいた依頼だった。すべての努力を消しさってしまう依頼。そんな依頼にこれから挑んでいくわけだが、それでも必要な情報は集めたかった。


 俺は受付台の上に筆記用具を出して、その雑記帳をゆっくりと開いた。雑記帳の中には今まで知った情報や考察、感想などが走り書きされている。「それで?」

 

 少年は、その言葉に眉をあげた。その言葉にどうやら、驚いてしまったらしい。


「とは?」


「もちろん、町の情報だよ。こらから行くのは、魔族の巣窟なんだから。何も知らないままで行くのは、自殺行為にも等しい。実際、『帰れない町』もそうだったしね? 俺達は、犯人の仕掛けた罠にすっかり嵌まってしまった。その轍はもう、できるだけ踏みたくない。そのためにも」


「分かりました。それでは、こちらの知り限り」


 彼がそこで声を潜めたのは、ただの偶然だろうか? 彼は机の引き出しをいくつか動かして、その中から書類らしき物を取りだした。


「これは、人にはあまり見られたくない物なので。普段は、机の奥に仕舞ってあるんです。用心に用心を重ねて。今のこれも、『周りへの用心だ』と思ってください」


「分かった。それじゃ、こっちも」


 相応の態度で、挑まなくちゃね? まずは、周りの目。特にこちらをジロジロと見ている目には、普段以上の注意を払わなければならなかった。この手の輩は、嫌な好奇心を持っている事が多い。こちらとしては関わって欲しくないにも関わらず、あちらから「どうしたの?」と関わってくるのだ。自分の好奇心を満たすために、自分から首を突っ込んでくるのである。


 本当に迷惑な程にね。だから少年にも、「別の場所で話せないか?」と聞いた。「ここでそう言う話を聞くのは、どう考えてもマズイ」と。だが、その提案は否まれた。「それはかえって、逆効果だ」と。「周りの人達から最も怪しまれない方法は、それが最も気にしない方法をとる事だ」って、そう彼に言われてしまったのである。


 俺は、その言葉にうなずいた。確かにその通りだった。ここは変に隠そうとせず、いつも通りにしていた方がいい。俺は目の前の少年に謝って、彼の話を促した。


「頼みます」


「はい。町の場所は」


 雑記帳のページに「それ」を書きとめたが、ここからかなり離れた場所だった。


「町の中は人が住んでいた時と同じ、その建物も(僕が知った限りでは)しっかりと直されたそうです。自分達が住みやすいようにが施されたようですが。魔族達は敵が使っていた河や道を使って、町の中に物資を運んでいるようです。町の中に運ばれる主な物資は、『水』や『食料』と言った生活用品。それらに加えて、衣類や武器などもあるようです。運搬の方法は、主に馬車。馬車の馬はどこからもらってくるのかは分かりませんが、その毛並みもいい物ばかりだそうで。下手な貴族達よりも、贅沢な生活です。夜の宴も、毎日のように開かれているようですし。節制もクソもありません。彼等は快楽の限り、その生活を楽しんでいます」


「そうなんだ。それは、いい身分だね」


「まったく」


「そいつらは……その、今まで冒険者を殺した事は?」


「もちろん、あります。彼等からして見れば、冒険者は紛れもない敵ですから。こちらにかえってきた人達を除いては、その全員が殺されているでしょう。生存者の中にも、『敵に自分の仲間が殺された』と話していた方もいらっしゃいますし。町の異常が元に戻る以外は、普通の魔族達と同じです」


「そう、なんだ」


「他にご質問は?」


 俺は、その質問に強ばった。これから彼に聞く事は、(ある意味で)今まで以上に怖い事だったからである。


「その帰ってきた人達におかしな事は?」


 今度は、少年の方が怯えた。少年は何かを迷ったが、やがて資料の一部を指さした。



「え?」


「生存者の一人が、言っていた事です。彼は町の中に入った時、そこで奇妙な感覚に襲われました。自分が今まで覚えていた事……たとえば、彼に『Aと言う仲間がいた』としましょう。Aは、彼とは長年の親友だった。彼が『自分は冒険者になる』と言った時も、それに『自分も行く』とついてきてくれた。Aは彼と共に生き、彼と共に歩き、彼と共に悩んだ。そんな彼が」


「どうなったの?」


「いなくなったんです」


「いなくなった?」


「そうです。それも、ただいなくなったわけじゃない。Aが彼と仲間であった事、その事実がすっかり消えてしまったんです。Aと彼の関係も含めて、その中身がごっそり消えてしまった。彼は、その事象に狂いました。自分の見える世界は、変わっていないのに……。彼は『それ』に倒れて、町の病院に送られてしまった」


 俺は、その話に押しだまった。そうする事以外、何も考えられなかったからである。俺は止まりかけた自分の頭を回して、今の情報を何とか整えようとした。


「消えたAは、どうなったの?」


「分かりません。これはあくまで、彼の話。そう話した内容をまとめただけですから。実際のところは、分からない。彼が『自分と一緒に登録した』と言うAの情報も、冒険者の名簿にはまったく残っていませんでした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る