第145話 未解決の依頼 1
それにどう応えるか迷ってしまった俺だったが、相手の顔がかなり真剣だった事や、仲間の少女達も「それ」に(たぶん)心を動かされた事もあって、結局は彼の話を聞く事になってしまった。彼は感謝半分、謝罪半分で依頼の内容を話しはじめた。依頼の内容は分かりやすかったが、その中身は「かなり難しい」と思ってしまった。
受付の少年は、自分の手元に目を落とした。それはもう、悔しげな顔を浮かべて。
「俺の親類が、そこに住んでいたんですが。それはもう、悲惨な状況です。ここの町、親類はここに移ってきたんですが。ここの援助がないと生きていけない。避難民は、彼等だけではありませんからね。避難民全員の生活を保つにはどうしても、多くのお金が必要になってくる。町の人達は、それに怒ってはいませんが。それでも、負担である事に変わりはありません。町の人達が領主様に納める税金も、前よりずっと高くなりましたからね。それで貧しくなる人、金納貧困者も増えていますし。これは、かなりの問題です」
俺は、その話に胸を痛めた。その話には、悲しみが詰まっていたから。そして、言いようのない理不尽も詰まっていたから。自分の故郷を追われた苦しみは、自分が死ぬ以上に苦しい。そこで味わった事もまた、「地獄」としか言いようがなかった。
自分の故郷が失われる地獄、地獄の業火に故郷が焼かれる光景。人はよく「うちの町は、田舎くさい」と嘆くが、自分の故郷があるだけでも幸せな事だった。自分の故郷が失われるのは、どんな不幸よりも悲しい。俺は悲しげな気持ちで、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔も、俺と同じような顔を浮かべている。「みんな」
それを遮ったスラトさんもまた、俺と同じ反応を見せていた。彼女は冷静な性格でこそあったが、人情の面では温かい人だった。
「私は、別に構わないよ? 『こう言う寄り道も必要だ』と思うしね? 要塞落しは、いつでもできるし」
それに続いたピウチさんも、その意見にうなずいている。ピウチさんは彼女ほどではないが、普段よりも冷静な顔で俺の目を見つめた。
「わたしも、いいよ? 二人の気持ちは、よく分かるから! 二人の気持ちについていきたい! わたしも、その人達の事を助けたいんだ!」
それが、ある種の決定打になった。少女達は「それ」に「うんうん」とうなずき、受付の少年も「それ」に「ニコッ」と笑っている。それを見ている俺も、彼等の反応に思わず笑っていた。少女達は俺の意見などまるで関わりなく、二つ返事で少年の依頼を請けおってしまった。「任せてください! この依頼、私達が何とかします」
少年は、その言葉に目を潤ませた。その言葉が、本当に嬉しかったらしい。彼は何度も笑っては、目の前の俺達にも「ありがとうございます」と言いつづけた。「これで、僕の親類も助かります」
俺は「それ」にくすぐったくなったが、同時に疑問をふと覚えてしまった。俺のような冒険者なら第一に覚えるだろう疑問を、そして、それが(ある意味で)恐ろしい恐怖を。俺は「それ」を上手く隠しつつも、真剣な顔で少年の顔を見かえした。少年の顔は、その視線にキョトンとしている。
「ねえ?」
「はい?」
「一つだけ聞きたいんだけど? この依頼、
少年がその質問に顔を強ばらせた瞬間は、この先も決して忘れないだろう。彼は今までの表情を忘れて、真っ青な顔で机の上に目を落とした。
「あります。それも、一つや二つじゃない。何人もの冒険者が、この依頼を請けおいました。でも」
「上手くいかなかった?」
その質問にも押しだまる、彼。それがまた、とても怖かった。この依頼はもしかすると、曰く付きの依頼かも知れない。
「ねぇ?」
「す、すいません、つい……。彼等はこの依頼を受けて、その中身をちゃんと片づけました。それこそ、こちらが望むとおりに。依頼の内容をきちんとこなしたんです。なのに」
「なのに?」
「それが、無かった事になっている。彼等が命懸けでした仕事が、元の状態に戻っているんです。まるでそう、すべてが無かったかのように。あらゆる事が、無に帰してしまう」
「そ、そんな事が」
果たして、あり得るのだろう? 「自分のやった事が、なかった事」になんて。相手は、時間操作を使う魔物なのだろうか?
「『そうだ』としても。時間操作の魔法には、限界がある。魔法で作られた新しい時間に矛盾が重なれば、その相互関係で……時間の整合性が取られなくなる。時間的矛盾が起こるんだ。時間的矛盾は段々と膨らんでいき、やがては最も整合性が取られたモノ」
「つまりは、『本来あるべき姿に戻る』と言うわけですね?」
「そう。だから精々、時間操作系の魔法は」
空間の一時停止、「戦闘の補助技」としか使えない。俺も時間操作系の魔法には、その興味もあまり抱いていなかった。
「だけど?」
「はい、残念ながら現実です。決して解決されない依頼。『未解決の依頼』と」
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