裏10話 戦いの興奮(※一人称)
最初に感じたのは、ただの恐怖。次に感じたのは、言いようのない興奮でした。自分の仲間達が次々と、その敵達を倒していく。その圧倒的な力をもって、相手の命を奪っていく。前の私なら「それ」に憤っていたかもしれませんが、今の私には至って何ともない光景でした。
戦いの中で、それが散るのは当たり前。
「美しい」
そう、本当に美しいのです。相手の血しぶきが舞い、断末魔が飛びかい、その死骸が吹きとんでも。そこに描かれる一つ一つの場面、少年達の剣がきらめく光景は、私が今まで見てきたどんな光景よりも美しかったのです。少年達が敵の冒険者達を追って、その背中を斬りつけた時もまた同じ。彼等の描く軌道が、世界の光を写していました。
私は、「それ」に魅せられた。魅せられた上に泣かされた。私は人間の情を持ちつつも、その一方ではもう悪魔になっていたのです。どんなに酷い場面を見せられても、それに動じない悪魔に。文字通りの悪役令嬢に。私は物語の悪役令嬢ではなく、正真正銘の悪役令嬢になってしまいました。
「みんな、殺して。
その返事はもちろん、「分かった」でした。彼等は私の命令を外しても、楽しげな顔で相手の冒険者達を討ちとりました。
「よっしゃ! 任務完了!」
そう喜ぶのは、ハルバージ君の(たぶん)相棒。彼と同じ金色の剣を持った、チョラ君です。チョラ君は「爽やか」よりも軽い雰囲気が漂っていますが、ハルバージ君と同じくらいに親切な男の子でした。私への態度も、「主人」と言うよりも「友人」に近いモノが感じられますし。彼は私の方に走りよると、私に対して(「ハイタッチ」と言うらしいです)を求めてきました。
「さくっといったね、ヴァインちゃん!」
「え? う、うん、そうだね」
ヴァインちゃんには少し驚きましたが、それを「嫌だ」とは思いませんでした。私は目の前の彼に微笑んで、自分の足下に目を落としました。自分の足下には、冒険者達の血しぶきらしき物が付いています。
「本当にサクッといった」
「だべ? 俺チ達、すげぇ強いっしょ?」
「うん、本当に強い。これならきっと、アイツ等の事も倒せる」
「でしょ?」
チョラ君は「ニコッ」と笑って、私の肩に腕を回しました。それに少しドキッとしましたが、彼が少年のように笑うので、その高鳴りを思わず忘れてしまいました。チョラ君は周りの批判を浴びて、それらに「うっせぇな」と言いながらも、嬉しそうな顔で私の肩から腕を退けました。「まったく! せっかくのイチャイチャタイムを!」
私は、その言葉に赤くなりました。特に「イチャイチャ」の部分には、顔が火照って仕方なかった。純粋無垢なその言葉に。「イチャイチャ」と言う単語その物に。私は、言いようのない緊張を覚えてしまったのです。「う、ううう」
少年達は、その言葉に驚きました。私がなぜ、その言葉を言ったのか? それをまったく分かっていなかったからです。私の前に立っていたチョラ君も不思議そうな顔で、私の顔をじっと覗いていました。彼等は不安とも焦りとも違う表情、訝しげな表情を浮かべはじめました。
「まあいいや、そう言う時もあるでしょ?」
チョラ君は「ニコッ」と笑って、ハルバージ君の顔を見ました。それが彼等の、ある種の合図であるようです。「なあ?」
ハルバージ君は、その言葉にうなずきました。どこか楽しげな笑みを浮かべて。
「そうだね、そう言う時もある。ただ」
そう応えた彼の表情が変わったのは、視線の先から聞えてきた音に「ハッ!」と驚いたからである。彼は腰の鞘に戻していた剣をまた抜いて、音の聞えた方に視線を移しました。視線音先には一人、冒険者の一人が立っています。冒険者はかなりの怪我を負っていましたが、それでもまだ諦めていないようで、その手にも大剣をしっかりと握っていました。
「まだ、殺り残しがいるからね」
ゾクッとするような声です。彼の仲間でなければたぶん、それを聞いた瞬間に倒れてしまうでしょう。そのギラリと光る目からも、鋭い殺気が感じられました。ハルバージ君は愛用の剣を振るって、相手との間に距離を取りました。
「さあ?」
その挑発に乗らない相手。でも……。
「まだ、戦う気なんだろう?」
この言葉には、流石に怒ったようです。相手は最後の力を振り絞って、目の前の彼に斬りかかりました。ですが、そんな攻撃にやられる彼ではない。相手は地面の上に大剣を振りおろしましたが、彼にその攻撃を防がれてしまいました。それも、大剣よりもずっと細い剣で。大剣の威力をすべて抑えられてしまったのです。相手は「それ」に怯んで、身体の体勢を「うっ」と崩してしまいました。
「なっ!」
「鈍い」
そう聞えた一瞬です。彼の剣が光って、相手の身体を切りさいてしまいました。その光景に息を飲む私、それにまったく動じない彼。彼は剣の刀身に付いた血を払うと、腰の鞘に剣をまた戻しました。
「さて、と。敵も倒したし、また」
そこから先は、聞きませんでした。別に聞かなくても分かっていたからです。私は胸の奥から湧きあがった感情、「歓喜」と「興奮」とが入りまじった感情にただ酔いしれつづけました。
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