第142話 消えた悪役令嬢 5

 調査隊の増員? 「そんなモノを集めてどうするのか?」と考えたが、そう考えたところで「まさか?」と驚いてしまった。彼はたぶん、娘の生存を信じている。それを信じている上で、その身柄を何とか押さえようとしている。彼女の身柄を押さえる事で、自分(あるいは、自分の一族)に「不都合な事実を消そう」としているのだ。それが自分の役目、「一族の名誉を守るため」と言わんばかりに。


 彼は自分勝手な人間でこそあるが、その自尊心は人一倍に強い人間だったのである。そんなに人間に尊敬の念など抱けない。「彼は、貴族である」と言う思いも。彼は自分の血筋に胡座をかいて、自分の娘を殺そうとしたのだ。

 

 俺は、その事実に腹が立った。世の中には生きたくも生きられない、そんな親や子がたくさんいるのに。コイツは、そう言う尊厳を丸きり無視しているのだ。俺は「それ」にまた腹が立って、目の前の男に思わず怒鳴ってしまった。


「ふざけるな!」


 それに驚いた男だったが、そんな事などどうでもいい。今はこの思いを、この抑えられない感情を、コイツにどうしても叩きつけてやりたかった。俺は少年の制止を無視して、目の前の男を睨みつけた。


「何が調査隊だよ! 自分の娘を殺そうとしたくせに! なのに!」


「お前は……」


 ここで男の口調が変わったのは決して、偶然ではないだろう。男は俺の顔をしばらく見たが、やがて訝しげに「一体?」と呟いた。「そもそも」


 俺は、その続きを無視した。その続きは、聞かなくても分かる。彼が俺や周りの少女達に向かって、「私達の事をどうして知っている?」と聞いた事も。すべては想像の範疇、誰にでも分かる予想の範囲だった。俺は両手の拳を握って、彼の目を見かえした。


「情報なんて、どこでも手に入るでしょう? 自分がそれを望むか望まざるかに関わらず」


 男は、その言葉に押しだまった。その言葉を聞いて、何やら色々と考えているらしい。俺の顔をまじまじと見るだけではなく、自分の両腕を組んだ態度からは、「俺の正体を暴こう」とする意識に加えて、その情報源すらも「暴きだそう」とする意思が感じられた。


「まあいい。情報源がどこであろうと、そんなのはたいした事じゃないからな。家の名に傷が付くわけでもない。うるさいハエが二、三匹、増えただけだ」


 俺は、その言葉に「カッ」となった。うるさいハエが二、三匹? そんな表現は、いくらなんでも酷いだろう。俺の周りにいる仲間達も、俺と同じような表情を浮かべている。「自分にもし、その資格があったのなら、目の前のコイツを今すぐに殺してやる」と言う表情を。


 だが、それを表すわけにはいけない。コイツの事がどんなに許せなくても、人殺しは歴とした犯罪だからだ。自分が「それ」に手を染めれば、自分はおろか、その仲間達にも迷惑を掛けてしまう。俺は自分の怒りを何とか抑えて、地面の足下に目を落とした。


「貴方は」


「うん?」


「自分の娘を、娘の事を愛していたんですか?」


 その答えは、無言。無音の返事をただ、返しただけだった。


「それとも?」


 男は、その言葉に溜め息をついた。それも深い、「やれやれ」と言う感じの溜め息を。彼は「答えるのも面倒くさい」と言う声で、受付の前にまた歩みよった。


「そんな事は、どうでもいい」


「どうでもいい?」


「そうだ、どうでもいい。外れの品種がどうなろうと。私達が求めるのは、一級の品種だけだ。貴族の等級に相応しい」


 それを遮ったクリナさん、かなり怒っている。彼女は俺の制止を無視して、足下の床を踏みつけた。「貴族は、そんなに凄いモノではないわ」


 男は、その言葉に眉を寄せた。その言葉をまさか同じ貴族が言うなんて、夢にも思っていなかったらしい。男は彼女の倫理観、特に身分意識に関して、嫌な顔を浮かべはじめた。


「君は、愚かだな。自分の価値をまるで分かっていない」


「そうかもね。でも、それがどうしたの?」


「なに?」


「自分の価値は、その身分では決まらない。貴方は自分から、その身分を取られたら」


。肝心なのは、揺るぎない事実だ」


「その割には、拘るのね?」


「なに?」


「自分の娘を見つける事に。彼女、消えちゃったんでしょう? 貴方の目の前で?」


「そうだが。それが、どうした?」


「目の前で一人の人間が消えたのなら、それをどうして『生きている』と思うの? アタシ達の話した事だって、それが本当かも分からないのに。貴方は自分の仮定を否めていながら、その過程に怯えている。『自分の娘がもし、生きていたら?』って。娘の生存、いえ、その報復を一番に恐れているんだわ。そうでなければ、彼女の調査隊なんて作らない。貴方は、自分の罪を無意識に恐れている。今まで何も考えずにつづけてきた因習、それによって殺してしまった」


「私は、殺していない」


「いいえ、殺したわ。貴方は彼女を、その人格を殺したの。こんなに下らない因習、人間の血がたかが青に変わらないくらいで」


 男は、その言葉に表情を変えた。それこそ、「悪魔の形相」と言わんばかりに。彼は周りの悲鳴などまるで無視し、射殺すような目でクリナの胸倉を掴んだ。


「それが、我が家のすべてだ。人間の血が、青に変わる事。普通の人間から離れて、特別な人間に変わる事。青い血は、我々が神の特権を与えられた証だ」


「神の、特権?」


 クリナは、彼の手を払った。相手がそれにいくらか抗っても、今の言葉だけはどうしても気になったようである。クリナは不安な顔で、相手の顔を見かえした。相手の顔は変わらず、その冷酷な表情を保ちつづけている。


「それは?」


「言葉通りの意味だよ。私の家はかつて、神との間に子どももうけた。誰もが恐れてやまない、との間に」

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