第143話 消えた悪役令嬢 6
う、嘘だろう? そんな事、ありえるのか? 邪神との間に子どもをもうけたなんて、俄には信じられない。正直、「何かの冗談」としか思えなかった。俺の周りにいる少女達も、俺と同じような表情を浮かべているしね。それを信じた人間はたぶん、一人もいないだろう。
普段なら「そう言う事もあるかも知れない」と考えるミュシアですら、その話は言葉を失っていた。それだけに異常な話、本当に普通ではない話だったのである。俺は困惑も困惑、混乱も混乱の状態で、相手の顔をまじまじと見た。
「そ、それは」
「『嘘だ』と思うか?」
「そうは、思わない。でも、すぐには信じられない。人間と神が交わって」
相手は、その言葉に目を細めた。それに不快感を示した、わけではないらしい。俺の狭い視野、平凡な常識を笑ったわけでも。相手はただ、俺の無知に肩を落としただけのようだった。
「子どもが生まれた。正確には、子どもを作っただけだが。私の先祖は神と交わって……つまりは、神と人間の血を混ぜて、その混血種を作りだした。人間よりも神に近い、そう言う類の人間を。それは周りの人々にも伝わって、人々の間に新しい価値観を作りだした。『神の血を持つ人間は、普通の人間よりも貴い』と。貴族が『貴い族』と呼ばれる所以は、その貴き血から来ているのだ。普通の人間にはない、青い血を持つ事で。アイツは、その資格を得られなかった。それゆえに」
俺は「それ」に噛みつこうとしたが、ミュシアに「それ」を妨げられてしまった。ミュシアは俺以上に思うところがあるらしく、俺がその話に苛立っていた一方、彼女の方はあくまで冷静に「なるほど」と言い、相手の言葉にも「追いだそうとした」と返していた。「『自分達の世界に不協和音をもたらすから』と。貴方は彼女の血が分かるまで、『善』とも『悪』とも付かない態度を取りつづけた。彼女が神の、貴族の血を持っているか確かめるために」
男は、その言葉に眉をあげた。その言葉にどうやら、ある種の動揺を覚えたらしい。表情の方はずっと変わらなかったが、彼女の目から視線を逸らした態度や、右手の親指と人差し指をこすり合わせた態度からも、その動揺が微かに感じられた。彼は自分の動揺を抑えて、目の前の少女にまた視線を戻した。
「そうだが? それの何が悪い? 神の資格たる証拠を確かめる事が?」
「『悪い、悪くない』の問題じゃない。問題は、貴方他達の意識」
「
「そう」
ミュシアは、彼の目を見つめた。まるでそう、相手の本質を咎めるように。
「人間に等級はない。『それが尊く、それが卑しい』と言う事も。人間は質の違いこそあれ、その等級に上下はない。貴方は、それを分かっていない。分かっていないから」
「なんだ?」
「自分の非にも、気づいていない」
「私の非?」
「そう、貴方の非。人間は、一人では生まれてこない。自分と異なる存在、他人の力も要る。貴方は自分の責任を忘れて、周りの人達に『それ』を押しつけている」
「『私の妻が、下劣だ』と言うのか?」
「そうじゃない」
「だったら!」
「彼女の半分は、貴方の血でできている」
「私の血は、青色だ」
「『そうだ』としても、貴方の血を引いた子どもである事に変わりはない。彼女が普通の人間だったのは、貴方の中にも人間が残っているから。人間が残っている以上、人間が人間よりも貴くなれる筈がない」
「
「そう、それならいい。私も、貴方のような人は嫌い。特権意識の中に自分を置く、そんな感じの人間が。私は特別な生まれよりも、自分の意思で進もうとする」
男は、その続きを遮った。おそらくは、その続きを「聞きたくない」と思ったのだろう。男は自分の右手を振って、ミュシアの顔からも視線を逸らしてしまった。
「無駄だ」
「え?」
「君達と話していても、時間の無駄だ。私の考えにうなずくなら、まだしも。反対者の意見を聞くほど、無駄な時間はない」
そう言って彼が向けた視線の先には、受付の少年が座っていた。彼は少年の顔をしばらく見て、その目をじっと睨みはじめた。
「おい」
「は、はい!」
「調査員の方は、そちらに任せる。あくまで内密に、それなりの人間を揃えて」
「わ、分かりました。でも」
「コイツらの事は、考えなくていい。私の知り合い達は皆、私の賛同者達だ。コイツらが世間の人々に真実を広めたところで、その真実をすぐに揉みけしてくれるだろう。『真実がいつも、権力に勝てるとは限らない』とね。貴族の力を見せてくれる筈だ」
「分かりました。では、そのように致します」
「ああ、よろしく頼む」
男は「ニコッ」と笑って、少年の前から歩きだした。彼も含めたすべての人達を嘲笑うかのように。
「それでは、諸君。もう合う事はないだろうが、君達の健闘を祈っているぞ」
俺達は、その言葉を無視した。そんな激励をもらっても、嬉しくない。彼がセンターの中から出ていく時に一度振りかえった時も、その得意げな顔に苛立ってしまった。俺達は彼がセンターの中から出ていった後も、悔しげな顔で受付の前に立ちつづけた。「ふざけている」
俺は、両手の拳を握りしめた。そうしなければ、この怒りをどうしても抑えられなかったからである。俺は床の上を踏みつけて、センターの出入り口をじっと睨みつけた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます