第141話 消えた悪役令嬢 4

 道の先に待っていた物、それは一つの町だった。「町」と言っても、かなりの大きさだったけれど。町の中には様々な建物、貴族の館から宿屋、貧しい人が住んでいるだろう荒ら家が建っていた。荒ら家の近くには、町の象徴らしき橋も建っている。橋の上には浮浪者達をはじめ、多くの人が行きかっていた。浮浪者の身なりとは正反対な人達、あるいは、身分相応の服を着ている人達まで。


 彼等は俺達への警戒心を見せていたが、クリナが彼等に自分達の事をそれとなく伝えた事はもちろん、残りの少女達も「それ」に合わせた事で、町のギルドセンターに着いた頃にはもう、俺達への警戒心もすっかり解かれていた。「まあ、それはいいとしても」

 

 問題は、それ以外の事。彼等の警戒心が解かれた後に聞かされた話、それの方が大事だった。俺は「要塞落とし」の事を考えつつも、真面目な顔で「それ」に思わず唸ってしまった。ギルア様の話に出てきた公爵令嬢、「ヴァイン・アグラッド」の名前に。本来ならあまり考えなくてもいい事を普通以上に考えてしまったのである。俺は仲間達の顔を見わたして、正面の受付嬢もとえ、受付の少年に視線を移した。


「ここがその、の?」


「『様』は、いいよ。彼女はもう、アグラッド家の人間ではないし。家の縁が切れた以上は、その身分も無くなったに等しいんだ。身分のない貴族に敬語を使う必要はない」


「だ、だけど! でも」


 少年は、その言葉を遮った。俺と同じくらいの年格好、「同じくらいの背丈」と言っても、そう言う部分は俺よりも大人らしい。彼は俺の事を笑うわけでも、また呆れるわけでもなく、俺にただ落ちついて「仕方ないんだ」と微笑んだ。「それが、ここの決まりだから」


 俺は、その言葉に眉を寄せた。それはたぶん、悪意でも何でもない。「そうなっているから、そうなっている」と言う、ただの常識だった。俺達がそう信じている常識と同じ、ただの一般常識でしかない。でも、それでも、やっぱり許せなかった。自分達の勝手な理由で追いだそうとし、それで消えてしまった女の子にこんな……まあいい。今は、その気持ちを飲みこもう。彼との会話をつづけるためにね、そいつはどうしても抑える必要があった。俺は何度か深呼吸して、目の前の少年に意識を戻した。


「彼女の家族は今も、この町に住んでいるの?」


「もちろん、住んでいるよ。ここは、アグラッド家の封土だからね。余程の事がなければ、自分の封土を捨てる事はない。今日も、あっ!」


 そう驚く彼が見ていたのは、貴族の服を身にまとった男だった。男は建物の中をしばらく見わたしたが、受付の方に視線を移すと、どこか不機嫌そうな顔で彼の前に歩みよった。それに合わせて彼も自ずと畏まり、俺も「それ」に倣って、少年と男の間に空間を作った。少年は、目の前の男に作り笑いを浮かべた。「領主様、どうも」


 男は、その言葉を無視した。いや、無視しただけではない。見るからに不機嫌そうな顔で、その言葉を聞きながしていた。男は彼の愛想笑いに苛立ったのか、その笑顔をじっと睨みはじめた。


「情報は?」


「な、何も。


「『お嬢様』と呼ぶな。アレはもう、うちの娘ではない」


 少年は、その言葉に震えあがった。声の調子は落ちついていたが、そこには貴族特有の威圧感があったからである。少年は「それ」に驚いたばかりでなく、彼自身が言った俺への注意すらも忘れて、目の前の男にただただ誤りつづけた。その光景が、(俺としては)かなり不愉快だったけどね。特に相手が「ふん!」と怒った時は、その顔を思わず殴りかけてしまった。


「アイツは、死人しびとだ。我が一族の枠に入れなかった、愚かな死人。そんな死人に」


 その言葉に「カチン」と来たのはたぶん、俺だけではないのだろう。俺は彼の言葉に「おい!」と怒っただけだったが、クリナは彼の顔を睨みつけてしまった。男は、彼女の顔を睨みかえした。「なんだ、君は?」

 

 クリナは、その質問に答えた。それも、ただ答えただけはない。自分の姓や身分も含めて、相手にその事実を叩きつけてしまった。彼女は腰の剣に手を乗せると、不機嫌な顔で相手の目を睨みかえした。


「貴族が自分の家を誇るのは決して、愚かな事ではないわ。それが、アタシ達の特権だもの。特権にひれ伏す事はない。でも、それに驕れるのは別。『自分が特別だ』と思いあがって、そんな風に振る舞うのは」


「別にいいだろう?」


「え?」


「それの何が悪い? 私達は、貴き人間だ。貴き人間が、その尊さに酔って何が悪い?」


 クリナは、その言葉に目を見開いた。その言葉にどうやら、「カチン」と来てしまったらしい。彼女は腰の鞘から剣を抜いたが、隣のシオンに「それ」を止められてしまった。


「ダメだよ、クリナ」


「ちょっ! でも」


「この人の根性は、そんな程度じゃ直らない。クリナが貴族の特権で、『この人を斬った』としても」


「くっ!」


 でも! それを遮ったのは、クリナと話していたシオンではない。二人が散々まで罵っていた、例の男だった。男はクリナの身分を考えながらも、冷酷な態度で二人の少女を睨みつけた。


「黙って聞いていれば、色々と。お前達、たとえ貴族でも」


 そこから先を遮ったのは、彼と相対していた例の少年だった。少年はクリナ達の事もなだめた上で、目の前の男にも「落ちついてください」と言った。「領主様のお気持ちも分かりますが、ここは冷静に行きましょう。そうでなければ」


 男は、その言葉に「ハッ」とした。どんな理由かは分からないが、その言葉に思うところがあったらしい。男は神妙な顔(とは言っても、不機嫌ではあったが)で、自分の髪を掻いた。


「そうだな。今は、それどころではない。調

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