第140話 消えた悪役令嬢 3

 別れの朝はなぜか、寂しい。それがどう言う理屈からかは分からないが、帰れない町から出ていく瞬間は不思議な感覚に襲われてしまった。「彼とはたぶん、またどこかで会えるかも知れない」と言う感覚に。そして、「これからの旅がますます、厳しくなる」と言う感覚に。黄金色に輝く朝日の中でふと、そう感じてしまったのである。周りの少女達は、それに気づかなかったようだけどね。


 俺と別れの挨拶を交わした彼だけは、その感覚をしっかりと覚えているようだった。彼は自分達の今後、国の機関にも「町が解きはなたれた事」を伝えて、町の防衛にも「尽力を尽くす」と言った。「魔王の軍団は、本当に神出鬼没だからね。町の防衛を疎かにすれば、あっという間に乗っ取られてしまう。僕がこれからする事は、この町をすっかりと守っていく事だ」

 

 俺は、その言葉にうなずいた。それは男の覚悟、少年の真っ直ぐな気持ちだったからだ。真っ直ぐな気持ちには、それ相応の態度で臨まなければならない。彼の手から手を放した時も決して、その真摯な気持ちを忘れなかった。俺は、自分の後ろを振りかえった。俺の後ろには、その仲間達が立っている。ある者は「ニッコリ」と笑って、またある者は「うん」とうなずいて。それぞれが、それぞれの感情を表していた。俺はそれらの反応にうなずいて、帰れない町の前から歩きだした。「さて」

 

 ミュシアは、その言葉に応えた。それを聞いていたのは彼女だけではなかったが、俺の隣をたまたま歩いていた関係で、それにいち早く応えたのである。彼女は俺との距離を妙に詰めて、その瞳をじっと光らせた。


「まずは、どの要塞を攻めるか?」


「うん、そうだね。それが、本当に大事だ。自分の仲間を信じていないわけじゃないけど、この人数じゃ流石にマズいからね。攻めこんでも、返り討ちに遭う。魔物の要塞を落とすには、それ相応の数を揃えなくちゃ」


 俺がそう呟いた瞬間、あれ? どうしたのだろう? 周りの空気が、すっかり変わってしまった。それまでは楽しげにしていた少女達も、今はなぜか黙っている。仲間の中でもとりわけ明るそうな面々も、この時ばかりは変な沈黙を保っていた。少女達は不安八割、好奇心二割の顔で、俺の顔をじっと見はじめた。それがなぜか、驚く程に怖い。だから思わず、彼女達に「どうしたの?」と聞いてしまった。「みんな、怖い顔をして?」


 少女達は、その言葉に眉を寄せた。そうする理由がまったく分からなかったが、一人残らず複雑な顔を浮かべてしまったのである。


「ねぇ?」


 これは、チアか? チアはティルノやカーチャ達を歩いていたが、今の話にかなり驚いていたようで、俺の目もチラチラとしか見てくれなかった。


「『仲間の数を増やす』って事は」


 それに続いたカーチャもまた、彼女と同じような表情を浮かべていた。どこか不安そうな、それでいて焦っているような表情を。カーチャはティルノの前に出て、俺の目をじっと睨みはじめた。


「また、新しい子を増やす気ワン?」


「ふぇ?」


 増やす? どうして、仲間を? 要塞落としのために?


「カーチャ」


 それに応えたのは、そう言われたカーチャではない。カーチャの後ろを歩いていたティルノだった。ティルノは前の二人よりは強くないけれど、やっぱりどこか不安げな顔で俺の目を見はじめた。


「ガーウィンさん」


「は、はい!」


 あ、あれ? そんな呼び方だったかな? 彼女はもっと、まあいい。今は、そんな事を考えている場合ではなかった。彼女達の不安(らしき物)、これを何とかしなければならない。俺は真面目な顔で、彼女の顔を見かえした。彼女の顔はやっぱり、今までの表情を保っている。


「どうしたの?」


「わたし、でいいです」


「今のままで?」


「は、はい……。このみんなで、その」


 そこから先は、聞かなくても分かった。彼女達はつまり、慣れた面子で戦いたいのだ。自分の気心が知れた面子と、何の緊張もなく戦いたいのである。俺が今、彼女達の表情を見る限りでは。そう考えるのが、最も自然だった。変な緊張が彼女達の不安を生むのなら、それを充分に考える必要はあるだろう。それなら一つ、彼女達に伝える答えは一つしかない。


 俺は「ニコッ」と笑って、少女達の顔を見わたした。少女達の顔は「それ」を見ても、自身の不安を浮かべている。特に俺と話しているティルノは、その表情が誰よりもはっきりしていた。


「ご、ごめんなさい」


「大丈夫」


「え?」


「このパーティーは、これ以上増やさない。仮に『増やした』としても精々、一人か二人くらいだ。それ以上は、パーティーの機動力が落ちちゃうからね。機動力は、戦いでも重要な要素。それを崩すのは、やっぱり」


「そう、ですか。それなら!」


 ううん? ど、どうしたのだ? 何だか分からないが、とても喜んでいるぞ? 周りの少女達も、彼女と同じような反応を見せているし。とにかく(かなり)嬉しそうだった。


「よかったです」


「ああうん。そ、そう?」


 何がよかったのかは、分からないけどね。それにみんなが喜んでいるのなら、まあいいか。これはたぶん、深く考えない方がいい。例の言葉、「女たらし」の一言を聞かないためにも。今はいつもの表情、いつもの態度を保って、目の前の道を進みつづけるしかない。俺は「うん」とうなずいて、目の前の道を歩きつづけた。

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