嬢9話 血の根絶(※一人称)

 この世界は、様々な種類の人間がいます。女性達の心を鷲掴みにするような美青年達から、少し特殊な趣味を持つ男性達まで。本当にたくさんの人間が、それぞれの生を生きているのです。それが「善い」とか「悪い」とかに関わらず、己の魂を燃やしつづけている。私の配下となった魔物達もまた、そんな魂を燃やす美少年達でした。美少年達の種類は違っても、その忠誠心(あるいは、ただの好奇心か)は決して偽りではない。私の事をちゃんと、気遣ってくれました。


 旅の道中で疲れそうな場所があれば、良さそうな場所で休ませてくれる。私が周りの風景に飽きはじめれば、例の華やかな面々が盛りあげてくれる。本当に夢のような時間でした。ちょっと控えめな面々、大人しそうな面々は、遠目から私の事を見ているだけでしたけど。

 

 私は良さそうな廃屋を見つけて、自分の配下達に「今夜は、ここに泊りましょう」と言いました。「ここならたぶん、みんな入れるから」


 配下達は、その言葉にうなずきました。特に華やかな面々は、私の寝床はもちろん、大人しそうな面々と力を合わせて、今夜の夕食を作ってくれました。「簡単な物しか作れないけどね? 近くの町に行けば」


 私は、その先を聞きませんでした。その先は聞かなくても、何となく分かります。彼等が人間とは違う存在である以上、真っ当な方法でお金を稼ぐ筈がありません。恐らくは強奪や略奪、そう言った方法を取るに違いありません。特に血の気の多そうな面々は、それを楽しみにしているようですし。彼等はその姿こそ美しい少年ですが、その内面には恐ろしい獣を飼っていました。私は、その感覚に震えました。それもただ、震えたわけではなく。自分でも知らなかった闘争心に触れて、その身体が思わず震えてしまったのです。私は彼等の作った野菜スープを啜りつつも、真面目な顔でその感覚に驚きました。


「不思議」


 それに応えたのは、華やか組のリーダーです。彼はその名前を「ハルバージ」と言い、華やか組はもちろん、私が魔王様から彼等の支配を任されるまでは、この面々の統率役を担っていました。少年達の中では何処か大人っぽく、その身長も少し高めな男の子。貴族達のパーティーではまず、その花形になりそうな美少年です。彼が自分の腰に差している剣(と言うか、周りの少年達も全員差していますが)にも、彼等の性格にあったような装飾が施され、ハルバージをはじめとする華やかな面々の剣にも、煌びやかな金の装飾がなされていました。


「そんな事は、ないよ。それはたぶん、どんな人間にもある感情だから」


「え?」


 そう応えるしかありません。私はたぶん、自分でも「まともな部類の人間」と思っていたのに。それがなぜか、否まれてしまったのですから。思わず驚かずにはいられない。私は「自分はそうじゃない」と言う感情と、「本当は、そうかも知れない」と言う感情を混ぜて、相手の顔をじっと見かえしました。相手の顔はやっぱり、どこまでも落ちついています。


「どんな人間にも?」


「俺が知っている限りでは、ね? 人間は本来、野蛮な生き物だ。自分が生きるためなら、平気で他人の命を奪える生き物。命の尊厳をすぐに忘れられる生き物。人間は自分の気に入った物なら愛せるが、そうでない者は平気で殺せる生き物なんだ。君の人生を狂わせた存在も、たぶん」


「そう言う人種だった。あの人達にはその、異常な選民思想があって。彼等は、世界の声を聞かなかった、自分達の異常性に耳を傾けなかった。ずっと昔から続いている伝統、その本質に疑問すらも抱かないで。自分達の処刑台に様々な人間、普通なら生きられる人間を殺してきたんです。子どもの血が、『赤から青に変わらなかった』と言うだけで。彼等には、どこか」


 私は、自分の口を閉じました。そこから先はもう、言うだけでも辛い。頭の中が、おかしくなってしまいます。両目の端にも、涙が溢れてしまったし。私はおかしくなりかけた自分の頭を落ちつかせて、目の前の焚き火にまた視線を戻しました。


「ごめんなさい」


「なにが?」


「その、取り乱しちゃって。私は、彼等の事が許せない。私の人生を苦しめた、あの人達を。あの人達は、この世界に生きて居ちゃいけない人達なんです」


 ハルバージ君は、その言葉に押しだまりました。「その言葉に何かを返してはいけない」と思ったのか、周りの少年達から話しかけられても応えません。ずっと黙ったままです。彼は暫しの沈黙を保って、私の顔に視線を戻しました。


だね」


「そう、思います」


「だからこそ、潰さなきゃならない。その腐った血は」


「はい!」


 私は、敷物の上から立ちあがりました。それが私の、ヴァイン・アグラッドの意思表示だったからです。私は天井の方に拳を上げて、少年達の顔を見わたしました。


「みなさん!」


 その返事は、無言。私の顔をただ、じっと見ているだけです。それが何よりも心地よい。


「頑張りましょう! 私も、精いっぱい頑張りますから。だから」


「アグラッドさん」


 ハルバージ君は「ニコッ」と笑って、私の手に触れました。その温かな感触に思わずときめいてしまいましたが、周りの冷やかしらしき物があったせいで、それをすぐに引っ込めてしまいました。それ以上は、私が恥ずかしくて死んでしまいます。


「俺達はどんな時も、君の味方です」


「ハルバージ君」


 そう言いかけた私ですが、ハルバージにその口を押さえられてしまいました。私は、その不可思議な行動に驚いてしまった。


「ふぇ?」


「静かに」


 周りの少年達も、その声に殺気を見せています。


「外から足音が聞える。たぶん、俺達の気配に気づいたんだろう。数の方も決して、少なくないようだ」


「そ、そんな! それじゃ、どうするの?」


「それはもちろん、戦うさ。それが、だったね?」

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