裏13話 幽霊じゃない幽霊(※三人称)
「幽霊の、討伐?」
そう応えたライダルだったが、その衝撃にまた驚いていた。何か得体の知れない物、未知なる生物の討伐ならまだ分かる。人間の手には負えない魔物、その討伐ならまだ。でも今は、それを超える物が返ってきた。幽霊の討伐、つまりは「死んだ人間を討って欲しい」と言う。俄には信じられない答えが、その耳に飛びこんできたのである。
ライダルは半信半疑な目、訝しげな顔で、相手の目を見かえした。相手の目はやはり、どこまでも真剣である。「ライダル達の事を騙そう」と言う、そんな気配はまったく感じられない。
「それは」
何かの間違いではないのか? 店主にそう聞いたのは、ライダルの声を遮ったマティだった。マティは少年の疑問を超えて、今の話に疑惑を抱いていたようである。
「マティさん!」
「お前はいい。ここから先は、俺が相手をする」
マティは自分の部下を制して、目の前の店主に向きなおった。店主はやはり、マティの事をじっと見ている。まるで何かを訴えるかのように、その視線を決して逸らそうとしなかった。
「店主」
「なんだい?」
「それは、ただの勘違いじゃないか? 町の連中も含めて」
「そんな事は、ない!」
店主の口調が強くなったのは、今の反論に苛立ったからか? 店主はマティの眼光に怯むことなく、真っ直ぐな目で彼の目を見かえした。
「町の連中はみんな、そいつを見ている。上の貴族はもちろんも、下の乞食にいたるまで。みんな、その幽霊に会っているんだ。それぞれが、それぞれの生きている中で。俺も何度か、その幽霊を見ている。幽霊はちょうど、その男の子と同じくらいだ」
マティは、その言葉に押しだまった。その言葉から何かを察したわけではなく、それにただ驚いているらしい。特に「その男の子と同じくらいだ」の部分には、ライダルの驚きもあって、その口を思わず閉じてしまった。マティは自分の両腕を組んで、今の情報から様々な想像を膨らませた。
「
「おそらくは、男だ。着ている服がそれっぽかったし、その身長も女の子にしては高かった」
「なるほど。それで、ギルドセンターに頼んだのか? 町の中に不気味な奴がうろついているから、何とかしてくれ」と?」
「ああ、そうだ。そうだが、まったく相手にしてくれなかった。幽霊の討伐は、専門外。『そう言うのは、教会か霊能力者に頼め』と。文字通りの門前払いを食らってしまった」
マティは、その言葉に目を細めた。今度は、その言葉に興味を抱いたらしい。彼は門前払いの部分、「それりゃそうだろう?」と言う部分に思わず吹きだしてしまった。
「確かにその通りだ。それは、文字通りの専門外。センターの奴等は、悪魔払いじゃないからな。そう言われても、仕方ないだろう。『うちは、パン屋じゃないから』と断られるのが普通だ。それなのに?」
「分かっている。分かっているが、そうするほかなかった」
「どうして?」
「俺達も、馬鹿じゃない。そう言うのがセンターの専門外なのは、最初から分かっている。旅の冒険者達にそれを頼むのも。だから、迷わずに駆けこんだ。町の教会に、霊能力者のところに。『彼等が動けば、この幽霊騒動も収まるだろう』と。だが」
「現実は、違った?」
店主は、その言葉にうつむいた。その言葉がたぶん、相当に悔しかったのだろう。ぎゅっと握られた両手からは、彼の怒りが感じられた。
「幽霊じゃなかった」
「なに?」
「町の中に現われたのは、幽霊じゃなかった。幽霊の専門家がいくら調べても、返ってくるのは『幽霊じゃない』の言葉だけだった。『幽霊でなければ、我々にはどうする事もできない』と、そう匙を投げちまって。俺達は『それ』に肩を落としたまま、今日までの日々を生きてきた」
マティは、その言葉に押しだまった。それに何かを感じた事もあったが、マノンが二人の会話に割りこんできたからである。彼は真面目な顔で、彼女の横顔を見はじめた。
「マノン」
マノンは、その声に応えなかった。目の前の店主、彼と話す事で頭がいっぱいだったからである。
「新種の認定は? 未知なる敵が現われたのなら、その調査が行われて然るべきでしょう? それが人間の、新たな脅威になるかも知れないんだから? ギルドセンターが、放っておかない。幽霊の調査隊も、すぐに組まれる筈だわ。なのに?」
「あ、ああ、それでも動いてくれない。奴等は今、違う事で頭がいっぱいだからな。こんな怪奇現象にイチイチ付きあっていられない。俺達がそれで、どんなに困っていようと。今の奴等は、要塞落としの事で」
「要塞、落とし」
「『アムア』とか言う冒険者が、要塞落としを成し遂げたからな。それに胸を打たれた奴等が、大勢いるんだよ。『自分も、一旗揚げたい』ってね。そこら中の冒険者達が、二匹目のドジョウを狙っている。うちの町からも、そう言う連中が何人か出てきたよ」
「大変ね。でも、それでも」
「ああ。それとこれとは、違う。その規模がどんなに小さかろうと、これが異変である事に変わりはない。センターも目の前の大物だけに捕らわれず、こう言う物にも意識を向けるべきなんだ! それを」
「なら」
そう応えたのは、今まで黙っていたライダルだった。ライダルは少年の正義感を持って、マティの顔に目をやった。マティの顔は(彼の思考を読んでか)、肯定とも否定とも取れない表情を浮かべている。
「マティさん」
「なんだ?」
「僕達が『それ』を暴く、その正体を突きとめてみませんか?」
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