第137話 免罪者の犯罪 7

 通信用の道具である連絡器は、前にも見た事がある。連絡器の見かけは至って普通だが、「遠くにいる相手とも話せる」と言う意味で、そう言う道具が好きな人にはとても好かれていた。俺も小さい頃は、何度か「欲しい」と思った事がある。


 それを実際に見た事は、ほとんどないけどね。それでもやっぱり、そう言う道具には胸が躍った。「これは、人間の造りだした魔法」と言わんばかりに。近所の友達と盛りあがっては、そう言う話題に熱くなったのである。今ではもう、遠い昔の話ではあるが。それが長い時間を掛けて、「自分の目の前にある」となると……ワクワクせざるを得ない。特に相手からそれを渡された時は、ずっと前に忘れていた感覚を思わず思いだしてしまった。

 

 俺は年相応の顔で、目の前の連絡器をじっと見はじめた。連絡器の隣には、予備の連絡器も置かれている。「これが?」

 

 貴族の少年は、その言葉に微笑んだ。自分もまた、「君と同じ気持ちだ」と言わんばかりに。その言葉に俺と同じような笑みを浮かべたのである。彼は連絡器の表面に触れて、俺の顔にまた視線を戻した。


「そう、連絡器。それも、最新式の。最新式の連絡器は、軽量性と携帯性に優れている。使用者の諜報活動を助けるためにね、様々な機能が良くなっているんだ。音の再現力や再生力、それに防水機能や防塵機能なんかも付いて」


「へ、へぇ、凄いんですね! それなら」


「うん、潜入調査もやり放題。女王陛下も、『これ』と同じ物を使っているらしいけど。詳しいところは、ほとんど分からない。最近の王宮には、隠し事が多いからね。それに不満を抱いている貴族達も決して、少なくない。僕も」


「不満を抱いているんですか?」


 彼は、その質問に苦笑いした。その質問がまるで、「愚問」と言わんばかりに。


「少しは、ね? 国主に不満を抱かない人なんていないよ。みんな、大なり小なり」


「そう、ですね。俺も正直、国には不満を抱いています。どうして」


「『軍』を動かさないのか? 軍を動かせば、魔王軍とも」


「『有利』とまではいかないが、それなりに戦える筈です。あらゆる身分の人間に招集を掛ければ、かなりの人数が集まる筈ですから。それなのに」


「うん。でもまあ、仕方ないよ。国の軍隊を動かすには、相応の費用が掛かる。兵士達への褒美から、将軍達への俸給まで。それを賄う国費は、計り知れない。『国』って言うのは、意外とケチだからさ」


「『そうだ』としても! やっぱり悔しいです。あの時にもし、国の兵士達が戦ってくれたら」


 少年は、その言葉に目を見開いた。その言葉にどうやら、何かを察したらしい。


「ゼルデ」


「はい?」


「君はもしかして、魔族達に自分の」


「はい、。自分の目の前で、自分の両親を。アイツ等は、俺の大事な物を奪ったんです。俺の住んでいた町も、そして、町の中にいた友達も。みんなみんな、真っ黒な灰にしてしまった。俺は、それが」


「大変だったんだね?」


「はい……それは、もう。俺は自分の恩人、たまたま助けてくれただけですが。その恩人が率いていたパーティーに加わって、ずっと戦い……」


「うん?」


「すいません、ちょっと昔を思いだしちゃって。俺は、そのパーティーから追いだされた。『スキル死に』が起きたんです。ある夕方、森の中でモンスターと戦っている時に。俺はここの彼女、ミュシアの力を受けて、『スキル死に』から蘇った」


 領主は、その言葉に目を見開いた。その言葉に驚いた事もあったが、それ以上に引っかかる部分があったらしい。彼はミュシアの顔に目をやると、真面目な顔でその両目を細めた。


「それが、君のスキル?」


「『スキル』と言えば、スキル。『力』と言えば、力」


「そっか。どちらにしても、不思議な力には違いない。相手の不幸を癒す女神」


「私は、女神じゃない。ただの人間」


「ただの人間は、他人の不幸を癒やせないよ?」


 ミュシアは、その言葉に押しだまった。彼女の内心は読めないが、その言葉に思うところがあったのだろう。眉間の間に作った皺からは、「苦悩」よりも「困惑」がうかがえた。彼女は連絡器の予備に手を伸ばして、服の中にそれを仕舞った。


「貴方は」


「うん?」


「どう思う? これからの世界、これから起こるだろう事を」


「それはもちろん、。今までは、人間対魔族の単純な構図だったけど。これからは、それも複雑化していくだろう。魔族の中にも穏健派はいるだろうし、人間の中にも強行派はいるだろうからね。様々な意見が、様々な形でぶつかっていく。僕としてはあまり、戦いたくはないけどね。時代のそれが、許してくれない。君は、どの道を求めているの?」


「それは」


 ミュシアは「ニコッ」と笑って、俺の顔に視線を移した。その視線がとても可愛かったのは、俺だけの秘密にしておこう。


「ゼルデと生きる道、彼と輝く道。世界があるべき姿に戻れば、その道もきっと現われる」


「君は、彼の事が好きなんだね?」


 その質問を聞いた少女達が固まったのはたぶん、俺の勘違いではないだろう。少女達は不安な顔で彼女の顔を見、彼女も真剣な顔で彼女達の顔を見かえした。


「ミュシア」


 誰がそれを言ったのか? それは、特に重要ではない。ミュシアが領主の質問に対して、どう応えるよりは。少女達は不安半分、緊張半分の顔で、ミュシアの顔を見つづけた。


「ねぇ?」


 ミュシアは、その言葉を無視した。それよりも大事な事、おそらくは質問に答えるために。彼女は華やかな顔で、目の前の領主に微笑んだ。


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