第136話 免罪者の犯罪 6

 フカザワ・エイスケが、異邦人? それも、「余所の世界から来た異世界人だ」って? 俄には信じられない事だが、(領主の話が事実ならば)それが貴族達の共通認識だった。「フカザワ・エイスケ、正確には『深澤栄介(見た事のない字だ)』と書くらしいが、邪神の力を得た少年である」と、そう内々に共有しあっていたようである。普通の冒険達には伏せた、文字通りの極秘情報として。俺達にこれを話している領主も、王家と親しい貴族から得た情報を話しているだけで、その詳しい内容はほとんど知っていなかった。


「僕の親類にそう言う方がいて、その方が僕に教えてくれたんです。女王陛下は貴族の者達に口止めを命じたようだけどね、それに『はい』とうなずく者ばかりはない。貴族の中には、自分の親類や知人。例えば、僕のような人間にね? 自分が任せた封土の新米領主に『それ』を話してしまう者もいる。この世界のバランスを崩すような人間が、そこら辺を平然と歩いているなら? それに怯えない方が、無理だろう? 今は一応、人間の側についているようだが。それがいつ、『裏切る』とも限らない。最悪の場合は、この世界その物を壊してしまう可能性すらある。それこそ、人間も魔族も関係なく。彼は、自分の気持ち次第で」


「いくらでも、傾ける天秤。だから、本当に恐ろしい。すべては、彼の気分次第だから。彼の天秤がどちらに傾くかで、その世界がすっかり変わってしまう」


「そう言う事。彼は言わば、世界の命運を握る鍵だ。鍵の使い方次第で、この世界を捨てられる神。僕達は今、その神を野放しにしているんだ」


 ミュシアはその言葉に押しだまったが、リオとしては「それ」が耐えられなかったらしい。リオは白魔道士の本分らしく、不機嫌な顔でテーブルの上を叩いた。


「冗談じゃない! そんな危ない奴、今すぐにでも捕まえなきゃ!」


 領主は、その言葉に眉を寄せた。それが別に不快だったわけではなく、その内容にただ「う、うっ」と苛立ってしまったらしい。自分の飲み物を飲みほした動きからも、その苛立ちがしっかりと感じられた。「それができたら、苦労はない」


 マドカは、その言葉に目を細めた。彼女もリオほどではないが、その言葉に苛立ちを覚えていたようである。マドカは応接間の壁に寄りかかって、領主の顔をじっと見はじめた。


「その口ぶりじゃ、もうやっているんだね? その天秤君をどう捕まえるのか?」


「え? あ、うん。そう、だね」


 マドカの口調を突っ込まない点、今の質問が図星だったのだろう。領主は彼女の不遜を怒るどころか、それに「やっているかな?」と言って、両手の指をまた組みはじめた。


「僕の知る限りは、ね? 国の貴族達も、一枚岩ではないし。そう言う人達も、少なからずいる。女王陛下にも内緒で、あるいは、同胞の貴族達にも内緒で。自分なりの捕縛部隊を作っているだろう。その手の専門家を集めた」


「でもまだ、その天秤君は捕まえられていない」


「うん……。彼と実際に戦ったかどうかは、分からない。本当にそう言う部隊を作っているのかも。彼等は天秤の力を欲している反面、その力を誰よりも恐れているからね。下手な事は、しないだろう? 人間はああだこうだ言ったって、自分が結局可愛いからね? もしもの時は、いの一番に逃げるはずだ」


 シオンは、その言葉に溜め息をついた。領主とマドカの会話を聞いていた彼女だが、その内容に心底呆れてしまったらしい。彼女はマドカほどではないが、長椅子の背もたれに両手を乗せて、そこから領主の方に身を乗りだした。


「情けない貴族達。だから、滅ぼされるんだよ。本来なら一番に戦う筈の軍隊を捨ててさ」


 領主は、その言葉に両手を放した。それが彼にとって、一番の打撃だったからである。自分が「それ」の一人として、ある種の責任を感じたようだった。領主は、自分の頭を掻いた。


「確かにそうだ、『そう』としか言えない。僕達は何だかんだ言っても、その現実から逃げている。『誰かがいつか、何とかしてくれるだろう』と、そんな希望の中に生きている。『自分達は、そのオコボレをもらえばいい』ってね。高みの見物を決めているのさ」


 その言葉に溜め息をつく、シオンさん。その気持ちはまあ、分かるけどね。残りの少女達も、同じような反応を見せているし。俺も俺で、呆れのようなモノを感じていた。シオンは長椅子の背もたれから手を放して、応接間の窓に歩みよった。


「貴方もずっと、このままでいるの?」


「え?」


「この封土に閉じこもって、虚ろな平和に酔いしれているの?」


「それは……」


 分からない。それが、領主の答えだった。


「本当はたぶん、『何かしなきゃならない』と思う。思うけど、それが何か分からない。僕には町の人達がホッとできる暮らし、それが嘘でも『平和』と思わせる暮らしを守りつづける今年かできないんだ。君達の調査には、『できるだけ協力したい』と思っているけど」


 ミュシアは、その言葉を遮った。そうする事が、「自分の意思」と言わんばかりに。


「それなら連絡係になって」


「連絡係に?」


「そう、国と私達、そして、貴族や冒険者達を繋ぐ。貴方が仲介役になって、みんなに新しい情報を与えるの。新しい情報が入ればきっと、悪魔への対抗策も見つけられる。貴方には、『貴族』と言う立場があるのだから」


 領主は、その言葉に立ちあがった。その言葉にどうやら、希望を見いだしたらしい。「自分がこれから何をすべきか」と言う事も。彼は真剣な顔で、彼女の顔を見つめた。


「分かった。ここには一応、連絡器もあるし。操られている間は、それが使えなかったけど。それを使えば、君達とも情報が取られる。連絡器の数は?」


「二つ、予備も兼ねて」


「分かった、それならすぐに持ってくるよ」


 領主は「ニコッ」と笑って、応接間の中から出ていった。

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