第135話 免罪者の犯罪 5

 確かにその通りだった。洗脳が解かれてからは、大体の人間が親切になっていた。こちらの要望や質問にもきちんと応えてくれるし、反対にこちらも「分かりました」とうなずけた。普通の人間が、普通の人間と交わすやりとり。通常なら何の疑問も持たないやりとりが、この町にもようやく戻っていたのである。


 俺達が自分達への協力を求める相手、領主の少年にもまた正常な意識が戻っていた。館の門番に要求を話せば、それに「少々、お待ちください」と帰ってくる意識が。そして、館の中に「どうぞ、お入りください」と導く反応が。当たり前のように「貴方達は、いつでも大歓迎です」と戻っていたのである。門番は領主の少年に何やら話すと、客人の俺達に頭を下げて、領主の前から歩きだした。「では」

 

 領主も、その言葉にうなずいた。領主は館の召使いに飲み物を頼んで、俺達の方にゆっくりと向きなおった。「ここから先は、僕が覗います」

 

 俺達は、その言葉に頭を下げた。流石に全員は連れてこなかったが、その反応が見られるくらいの人数は連れてきたので、相手も俺達の反応を見わたせただろう。俺達は貴族出身であるクリナの存在もあって、高貴な人間との会話で生まれる緊張感がほとんど覚えなかった。


「身体の調子は、どう? まだどこか、おかしなところはない?」


 そう相手に問いかけるクリナさん、何だかとてもお綺麗です。普段からお綺麗な部類に入る彼女だが、この時ばかりはいつもの三倍増しにお綺麗だった。クリナは彼の真向かいに座って、相手の顔をじっと見はじめた。相手の顔は年相応、その美貌に赤くなっている。


「アイツに操られていた間は、何も覚えていないんでしょう? アタシ達と同じように」


 領主は、その言葉に苦笑した。それは彼としても、あまり触れてほしくない事だったらしい。彼は目の前の俺達に頭を下げると、どこか恥ずかしげな顔で自分の頬を掻いた。


「お恥ずかしい話ですが。身体の方はもう、大丈夫です。異常は、どこにも見られない。医者にも一応みてもらいましたが、その医者にも『異常はない』と言われました」


「そう、ならいいんだけど」


「貴方達の方は、どうですか?」


「アタシ達も、大丈夫よ。アイツに操られている間の記憶は、貴方と同じように無いけどね。一応は全員、生きているわ」


「そうですか、それは」


「ただ」


「ただ?」


 クリナは、声の調子を落とした。それがまるで、「ここからが本題」と言わんばかりに。


「一つの問題が、それもかなりが残ってしまった」


 今度は、領主の方が声を落とした。彼も彼で、話の重要性を察したらしい。館の召使いが俺達に飲み物を持ってきたが、それが部屋の中から出ていくまでは、一言も喋ろうとしなかった。彼は召使いの背中を見送ると、目の前の俺達に飲み物をすすめて、その様子をぐるりと見わたした。


「それで、その大きな問題とは?」


「フカザワ・エイスケ」


 それを聞いた領主の顔が青ざめたのは決して、偶然ではないだろう。領主は長椅子の背もたれに寄りかかって、応接間の天井をじっと見あげはじめた。


「彼の事は、僕も知っていますよ。たった一人で、アーティファクトの軍団を倒した天才。彼は、貴族の間でも有名な少年です。その少年が?」


「そう、かなり問題なの。世間の人達は、知らないかも知れないけどね? 彼は、人の命を奪った」


「え?」


「つまりは犯罪者、『人殺し』って事よ。今回の場合は、かなり灰色だけどね。それでも、人を殺めた事には違いない。彼は正式な手続きを踏まず、自分の意思だけで」



「そ、それは、絶対に許されません! 今回の場合は確かに特殊かも知れませんが、それはどう見ても一線を越えています。国の公法に則れば、即処刑の事案だ。それを?」


「ええ、ゼルデの話によれば。ゼルデは……アタシ達のリーダーは本当に間近で、その場面を見ていたらしい。フカザワ・エイスケが人殺しに走る場面を」


 領主は、その言葉に押しだまった。その言葉にどうやら、かなり震えているらしい。こちらからは普通と変わらないように見えるが、飲み物を飲む仕草や、窓の外にふと目をやる仕草からは、その動揺がはっきりと感じられた。領主はテーブルの上に杯を戻して、俺達の顔にもまた視線を戻した。


「参りましたね。僕は正直、彼の力に希望を抱いていたんですか。まさか、こんな事になってしまうなんて。悲しい以外の何ものでもない。これは、女王」


 そこで区切られた彼の言葉、その反応は明らかにおかしかった。まるでそう、何かを隠すかのように。俺達に「な、何でもありません!」と応えた言葉からも、その動揺が手に取るように分かった。彼はテーブルの上に目を落として、両手の指を何やら組みはじめた。それがたぶん、彼の癖であるらしい。「気にしないでください」


 そう言われてうなずく程度なら、最初からこんな質問などしないだろう。今の言葉は、どう考えても悪い手だった。相手の好奇心をくすぐる、文字通りの悪手。ミュシアのが光る、言葉通りの愚行だった。ミュシアは周りの俺達に目配せして、目の前の領主にまた視線を戻した。その動きによって、二人の会話に割りこむつもりらしい。


「領主様」


「へ、な、なに?」


「怯える事はありません。私達はもう、同じ情報を持った仲間。その不安は、仲間に打ちあけた方がいい」


 領主は「それ」に震えたが、やがて「分かりました」とうなずいた。誠実な印象を受ける彼だが、この問題はやっぱり重すぎたらしい。彼は最後の葛藤を超えたところで、目の前の俺達をじっと見はじめた。


「この情報は、あくまで内密にお願いします。実は……」

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