第134話 免罪者の犯罪 4

 悪魔の正体を暴く事。それが果たして、どんな? そもそも暴く意味があるのだろうか? フカザワ・エイスケは確かに謎めいた少年ではあるが、それでも「正体を暴く」とまではいかない。「次に会ったらどうするか?」を精々考えるだけである。


 あの圧倒的な力にどう抗うか? 今の自分と向き合って、彼にどう追いつくか? 「それを考えるだけだ」と思っていたが、ミュシアにはどうも「それ」とは違う考えがあるらしい。彼女の言葉から察しても、その根幹に迫るような考えがあるようだった。

 

 俺は真面目な顔で、彼女の顔を見つめた。彼女の顔も、その目をじっと細めている。


「悪魔の正体を暴いて、どうするの?」


「彼の弱点を知る」


「弱点? そんな物が」


 果たしてあるのだろうか? あの悪魔に? 最強の力を持った少年に? 彼は俺の想像を遙かに超えた、文字通りの神なのだ。それの弱点を知る事なんて……。


「できるわけがない」


「どうして?」



「どうして、そう言えるの? まだ、調べたわけじゃないのに?」


「それは、とにかく! 彼には、弱点がない。弱点に近い、弱みもない。正真正銘の最強なんだ。最強の力を備えている以上、その弱点を見つける事はできない」


 ミュシアは、その言葉に眉を寄せた。その言葉にまるで、悲しみを感じるかのように。彼女は寂しげな顔で、俺の目を見かえした。


「本当にそう?」


「え?」


「本当に見つけられない? 最強の中に隠れた、最強の弱点を。最強が『最強』と偽っている弱点を」


「最強が『最強』と偽っている弱点? それは」


 そう考えた時にふと思いだしたのは、彼と一緒にいた少女の一人、「ホヌス」と呼ばれた少女だった。あの怪しげな雰囲気が漂う少女、どこか普通ではないような少女。それが俺の脳裏によぎって、その身体を思わず震わせてしまった。俺は、身体の震えを何とか抑えた。


「あの子が、もしかすると」


「あの子?」


「うん、フカザワ・エイスケと一緒にいた女の子。彼女とはほとんど話さなかったけど、あまりいい感じの子じゃなかった。俺の事を見くだす、いや、違うな。あれは、『見くだす』とは違う。『嘲笑う』とか『馬鹿にする』とかでも。あれはそう、上から目だった。上から人間の事を見る、そんな感じの目。彼女は」


「それがもし、本当なら。彼女はたぶん、人間じゃない。人間と戦う魔物でも。彼女は、そう言うのを超えた存在」


 俺は、その言葉に打ちふるえた。その言葉がもし、本当なら。彼女は、「人間の姿をした何か」になる。人間の姿を借りた、本物の化け物になってしまうのだ。その姿はどう見ても、俺と同い年くらいなのに。彼女は「それ」が見せる幻を使って、その姿を形づくっていたのだ。


 周りの人達から決して、その正体が知られないように。自分の姿を隠していたに違いない。そう考えるとまた、恐ろしい想像が膨らんでしまった。今までは「点」と「点」でしかなかったそれが、一本の線にふと結ばれてしまったのである。俺は「それ」にフラついて、自分の頭を思わず掻いてしまった。


「彼女がフカザワ・エイスケに力を与えた? すべてを超える、神のような力を?」


「そう考えるのが、自然。彼女は何らかの力を使って、フカザワ・エイスケに自分の力を与えた。彼がそうなるための力を、最強にも等しい力を。彼女は何らかの理由で、フカザワ・エイスケに『それをあげよう』と決めた」


 俺は、その言葉にフラついた。その言葉が驚きだった事もあるが、それ以上に彼女の推理が衝撃だったからである。特に「『それをあげよう』と決めた」の部分には、今までの目眩をすっかり忘れてしまった。俺は彼女の両肩を掴んで、その目をじっと見つめた。彼女の目はやっぱり、こんな時でも落ちついている。


「今の推理が、仮に『本当だ』としたら。それはたぶん……いや、絶対に不味いよ! この世界にそんな、とんでもない奴がいるなんて。世界の調和が崩れる。それは、魔王以上の脅威だ!」


「そう、だから調べる。悪魔の弱点を、悪魔の後ろにいる闇を。その二人はいつか、私達の世界を滅茶苦茶にする。それこそ、子どもが玩具を壊すように」


 そこに割りこんだクリナもまた、彼女と同じ気持ちだったらしい。クリナは腰の剣を抜いて、それをサッと構えた。


「ふざけている。今までの推理がもし、本当なら。そんなのは、絶対に許せないわ! 私達が必死に生きている世界を」


 俺は、その言葉にうなずいた。それ以外の反応が思いつかなかったからだ。彼女の言う通り、このままにはしておけない。彼等の秘密を暴かない以上、今よりもきっと悪い事が起きる。それこそ、天地のひっくり返るような事が。俺達は今、その境界線に立っているのだ。俺達の行動次第で、それがすっかり変わってしまう境界線に。だからこそ、調べなければならない。悪魔の秘密をすべて、その中身を暴かなければならないのである。


 俺は、両手の拳を握りしめた。そうする事で、自分の気持ちを引きしめるように。


「調べよう、魔王の討伐と合わせて。これは、俺達の未来に関わる事だ」


「ええ!」


 クリナさん、やる気満々です。


「この私を負かしたんだもの。そのツケは、きっちり払ってもらうわ!」


 ミュシアは、その言葉に微笑んだ。それは、「私も同じ」と言わんばかりに。


「それじゃ、まずは」


「まずは?」


「協力者を集める。ここの領主はたぶん、私達の調査に力を貸してくれる筈だから」

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