第131話 免罪者の犯罪 1
最初に覚えたのは、自分の頬に当たる雨。その次に感じたのは、それが自分の頬を伝う感触だった。雨は俺の髪はもちろん、その服や身体を濡らして、俺からすべての力を奪っていた。地面の上から立ちあがろうとする力も、そして、少女達の「しっかりして!」に応える声も。すべてが自分とは関わりない世界、それが遠い世界から響いてくるようで、あらゆる気力を失っていたのである。だから地面の上から立ちあがるのも、身体の疲れに気だるさを感じて、「そこから何とか逃げよう」と思った時からだった。
俺は、自分の仲間達をぼうっと眺めはじめた。自分の仲間達が果たして、少年に操られているかどうか分からなかったからである。俺は細心の注意を払いつつも、不安げな顔で仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔はみな、俺と同じような表情を浮かべている。
「みんな、は?」
それを遮ったのは、ほぼ全員の少女達。少女達は俺の目覚めが余程に嬉しかったのか、冷静な性格の人を除いて、みんなが俺の身体に抱きついてきた。
「よかった、よかったよぉ!」
ピウチさん、色々とヤバイです。その柔らかい感触に、ねぇ? 俺の身体が固まってしまう。残りの少女達も両手で俺の顔を掴んだり、俺の身体に触れたり、目の前の俺に「どこか痛いところはない?」と聞いたりしていた。彼女達はクリナの咳払いを受けて、俺の身体を放したり、あるいは、そこから離れたりした。「ご、ごめん」
クリナは、その言葉を無視した。その言葉自体は聞えていたようだが、今の彼女にはあまり重要ではなかったらしい。彼女は俺の前に歩みよると、不安な顔で俺の顔を覗きこんだ。
「まったく! 本当に面倒な人だわ。アタシ達の事をこんなに心配させて」
「ごめん、その」
「それで?」
「うん?」
「身体の方は、どう? 動ける?」
俺は、その質問にうなずいた。そう応えなければ、自分の仲間達にまた心配を掛けてしまうからね。本当は動くのも辛かったけど、今は言葉通りの空元気を見せた。
「何とかね? 彼はどうやら、俺に情けを掛けたようだし。俺が戦えないようにはしたようだけど。みんな?」
クリナは、その言葉に押しだまった。残りの少女達も、彼女と同じように押しだまった。彼女達は自分の事を振りかえっているのか、複雑な顔で互いの顔を見あいはじめた。
「アタシ達は……まあ、大丈夫だけど」
そこに割りこんだミュシアもまた、彼女と同じような感想を述べはじめた。ミュシアは自分の服こそ破けていたが、身体の方はあまり傷ついていなかったらしく、浅い切り傷や軽い打撲、髪の乱れ以外は、「これ」と言って傷らしい傷は見られなかった。
「頭の方はぼうっと、嫌な目眩は感じている。自分と自分が上手く重なっていないような、そんな感じの違和感を」
「彼に操られていた時の記憶は、あるの?」
ミュシアは、その言葉に目を見開いた。残りの少女達も、その質問に驚いている。彼女達はどうやら、彼に操られていた時の記憶をすっかり忘れていたようだ。現に俺も、彼に突っ込んだ後の記憶がまったく残っていない。ただ一つ、真っ黒な槍が自分に向けられる光景。その禍々しい記憶だけを残して。ミュシアは、俺の目を見つめた。
「ごめんなさい」
「別に謝る事はないよ? 俺だって、みんな事は救えなかったし。俺は、彼に……」
「ゼルデ……」
「浮浪者は、どうなったの? みんなの事を操っていた、今回の黒幕は?」
「町の兵士達が、連れていった。黒幕が死んで、みんな正気に戻ったみたい。町の領主様も、自分の行いに青ざめていた。『自分の力が至らないばかりに』って」
「そうか。『ヘラヘラした奴だ』と思っていたけど、それも操られていただけなんだね」
「そうみたい。本当は、誠実な人だった。私達の事にも、色々と謝っていたし。『この場所から動かそう』と言ったのも、彼が一番に先だった。でも」
「動かさなかった?」
「うん……。私達は、何も覚えていない。貴方と彼がどんな風に戦ったのかも。この場所から下手に動かしたせいで、貴方に何か不都合な事があったら。私達には、どうする事もできない。貴方にはちょっと、辛い事だったかも知れないけど」
「うんう、そんな事ない。むしろ、嬉しいよ。俺の事を考えてくれてさ、服の方はいずれ乾くしね。生きていれば、何とでもなる。それよりも」
俺は真剣な顔で、彼女の顔を見つめた。彼女の顔は、その雰囲気に強ばっている。
「今回の黒幕はやっぱり、死んでいた?」
ミュシアは、その質問に眉をあげた。質問の「死んでいた」と言う部分、そこに異様な気配を覚えたらしい。
「死んでいた、誰かに自分の喉を突かれて」
「それを貫いたのは、
「え?」
「フカザワ・エイスケが、彼の喉を貫いたんだ。自分の持っていた槍で、その槍先が三つに分かれた武器で。彼は俺が見ている目の前で、黒幕の喉を貫いたんだ」
それを聞いた彼女の顔が青ざめたのは、言うまでもない。彼女の周りにいた少女達、その全員も。彼女達はミュシアも含めて、人間の犯した罪、「殺人」の恐怖に震えあがった。ミュシアは不安げな顔で、俺の顔を見かえした。
「それなら捕まえなきゃ、彼の事を」
「うん、だからギルドセンターにも伝えなきゃ。いくら冒険者だろうと、人殺しは」
「許されない。それは、充分に分かっている。マティさん、貴方の救い手は」
「マティさんの事は、もう……。肝心なのは、彼だ。今回の罪を犯した人間、黒幕の浮浪者を殺したフカザワ・エイスケ。彼は『黒幕』とは言え、人の命を奪ってしまった以上」
そこに割りこんできた一言、マドカの思考はある意味でかなり衝撃だった。
「確かにそうだな。でも、それには問題が一つだけある。問題は」
「問題は?」
「そいつが犯罪である、その証拠が今でも残っているか?」
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