裏12話 港町の幽霊(※三人称)

 罪の償いはたぶん、永遠に終わらないだろう。被害者と加害者の関係がある限り、「それがあった」と言う事実は消えないからだ。消えない事実は、消える虚偽よりも恐ろしい。その虚偽がどんなに優れていても、その事実だけは決して覆られないからだ。人間が過去の過ちに逃れられない以上、その苦しみからは決して逃れられないからである。


 だがそれでも、人間には救いがあった。救いの先にある希望があった。「新しい人間に明日を託す」と言う希望が。ライダルに抱かれた希望もまた、そんな感じの希望だった。彼が自身の夢を目指す限り、その希望もずっと歩いてくれる。

 

 ライダルは、その希望に突きすすんだ。マティの過去も含めて、その苦しみも受けいれた。自分が彼の苦しみを受けいれれば、彼もまた新しい人生を歩める。新しい世界に向かって、新しい夢を抱ける。たった十四才の少年がするにはかなり苦しい現実だったが、マティがそれ以上の苦しみを抱いている以上、彼もそこから逃げるわけにはいかなかった。光ある世界を目指すには、その後ろにある影も受けいれなければならない。ライダルは「それ」を知った上で、なおもマティの隣を歩きつづけた。


「マティ、さん」


「すまなかったな」


「え?」


「お前に俺の罪を背負わせてしまった」


 ライダルは、その言葉に首を振った。その言葉には、人の善意を贖罪があったからである。それゆえに「うん」とは、うなずけなかった。そううなずけば、自分の覚悟が失われてしまう。ライダルは穏やかな顔で、マティの顔を見かえした。マティの顔は無表情だが、その目は確かに潤んでいる。


「罪なんて、みんな背負っているじゃないですか? 今はたとえ背負っていなくても、いつかは自分も背負うかも知れない。自分がどんなに頑張ろうとしても。マティさんは、そうなるかも知れない僕なんです。何かの原因で道を間違えてしまった、あるかも知れない俺の未来なんです。僕は、神でも悪魔でもない」


「ライダル……」


「僕、頑張ります。道の途中で死んでしまうかも知れないけど」


「俺がそうさせない」


 マティは、少年の顔を見つめた。少年の顔は、今の言葉に驚いている。


「お前の命は、何が何でも守ってみせる。お前は俺の、俺達の希望だからな」


「マティさん」


 マティは「ニコッ」と笑って、自分の剣を撫でた。剣の鞘をそっとなぞるように。


「ありがとう」


「いや」


 マティは、自分の正面に向きなおった。彼の正面には木々が、木々の向こうには海がある。海の上には鳥達が見え、鳥達の近くには港町があった。港町の中には、その住人らしい人々が見える。人々は海の上に船を浮かべたり、海辺の宿らしい店を営んでいたりしたが、その風景自体は殺風景に見えた。マティは真面目な顔で、その風景を眺めはじめた。


「寂しい町だが、休むには丁度いい町だ」


 マノンは、その言葉に微笑んだ。彼女もまた、その言葉には同感だったらしい。彼女は海の方から漂ってくる潮風に目を瞑ったが、やがてその瞼をゆっくりと開いた。


「そうね、確かにいい町だわ。潮の香りもいいし、町の雰囲気も好ましいからね。骨休めには、最高の場所だわ」


 マティは、その言葉にうなずいた。ライダルも、その言葉にうなずいた。二人は彼女の左右に並んで、その港町を目指した。港町の中はやはり、静かだった。海鳥の鳴き声が聞える以外、人の声はほとんど聞えてこない。町全体の音が、海の波に吸われている。彼等が選んだ宿屋の店主も、ライダルが店の扉を開けるまでは、会計台の上に頬杖をついて、店の外をぼうっと眺めていた。


 二人は、その光景に眉を寄せた。ライダルの方は苦笑いだけだったが、マティの方は「それ」に呆れかえっている。二人は宿屋の店主に「泊まれるか?」と聞いて、その答えをじっと待ちはじめた。「無理なら別にいい。他の店を探す」


 店主は、その言葉に立ちあがった。その言葉にどうやら、少しだけ苛立ったらしい。


「ここは、他の店よりも安いからな。部屋の方は、腐る程にある。好きな部屋に好きなだけ泊まっていけ」


「分かった、ありがとう」


 マティは宿屋の店主に宿泊料を払おうとしたが、財布の中から「それ」を取りだした瞬間、その店主に「お前さん達、冒険者かい?」と聞かれてしまった。


「そうだが? それが?」


「ああ。実は」


「うん?」


「高い金は、払えない。だが、どうか」


 そこから先は、聞かなくても分かった。彼はたぶん、冒険者にしかできない仕事を頼もうとしているのだろう。妙にそわそわした態度からは、その雰囲気がしっかりと感じられた。


「ここは一つ、仕事をけてくれないか?」


 マティは、その言葉に眉を寄せた。その言葉に不満を抱いたからではない。そう言う依頼は普通、ギルドセンターを通して成されるからだ。公的な機関を通さない依頼には、何らかの問題が潜んでいる(事が多い)。マティは「それ」を案じて、店主の顔をまた見かえした。


「仕事の内容にも寄る」


「そうか。なら?」


「『請けおう』とは、言っていない」


「え?」


「この依頼は恐らく、非公式なモノだろう? 非公式な依頼には、相応の対価が必要だ。怪しい依頼を請けるわけにはいかない」


 それを聞いた店主が一瞬、暗い顔になったのは言うまでもないだろう。店主は何やら戸惑ったが、最後には「分かった」とうなずいて、マティに依頼の概要を話しはじめた。


「察しの通り、コイツは非公式な依頼だ。ギルドセンターにも、頼んでいない。いや、頼めなかった。頼だ。『そう言う依頼は、受けつけていない』と言われて」


「そうか。それで、その内容は?」


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