第130話 本編の主人公 7
真っ赤な血、真っ青な顔。その後に訪れる、残酷な沈黙。それらがもたらした結果は、人の光を抉る悲惨な光景だった。すべての善意が否まれ、悪意が尊ばれる世界。それを
特に今のような状況では、その当事者が叫ばない方がおかしかった。俺も、その例に漏れなかった。少年の喉元から血飛沫が噴きだした瞬間、あらゆる思考が死んで、あらゆる倫理が崩れてしまった。その後に残ったのは、人間の根幹に迫る怒り。生命の根幹を壊した者に対する、煮えたぎるような怒りだった。
俺は、その怒りに包まれた。怒りの中に放りこまれ、頭の中が闇一色となった。「コイツだけは、絶対に許さない。絶対に生かしておいてはいけない」と、そんな闇に自分が覆われてしまったのである。俺は怒り全開の覚醒状態になって、目の前の悪魔に挑みかかった。
「どうしてだよ?」
疑問符のような叫び、叫びのような激高。俺は目の前の敵に全力を、それも即死に至るような魔法を放った。だが、それを破るのが悪魔。「フカザワ・エイスケ」と呼ばれた、悪魔の少年だった。彼は俺の覚醒状態に最初こそ驚いていたが、何やら不可思議な特殊スキルを使って、「それ」をあっという間にはねのけてしまった。「くっ!」
悪魔は、その声を笑った。その声をまるで、待っていたかのように。彼は自分の槍をクルクルと回して、目の前の俺に反撃をしかけた。
「流石は、『スキル死に』から蘇った人。まさか、こんなに強いなんて。僕が今まで戦ってきた相手の中では、一番に」
「『そうだ』としても」
君はやっぱり、強すぎる。「無双」とまではいかないが、それなりの敵にそれなりの戦果を出してきた覚醒状態が、ほとんど通じないなんて。強いにも程がある。彼には「負ける」と言う要素、「敗北」と言う気配が感じられなかった。彼と戦った相手はどう頑張っても、彼には勝てない。
最後には必ず、彼の槍に負けてしまう。それがどんなに認められなくても、その重たい一撃が現実のそれを物語っていた。その現実を突きつけられた相手は、彼の攻撃にただひれ伏すしかない。今の俺が置かれている状況もまた、それを如実に表したモノだった。
俺は槍の一撃にやられて、建物の外壁に叩きつけられた。それが死ぬ程に痛い。
「う、ぐっ、はっ」
ちくしょう。ちくしょう、とくしょう。
「ちくしょう!」
俺はまだ、戦えるのに。「戦いたい」と思っているのに。自分の身体が、まったく動いてくれなかった。頭の方は動いても、手足の方が動いてくれなかった。すべてが戦闘不能、文字通りの満身創痍。そんな中で辛うじて立てたのは、俺が「それでも負けたくない」と思ったからである。俺はフラつく身体で、自分の杖をまた構えなおした。
「俺は」
「うん?」
「俺は、この世界を救いたい。この理不尽な世界を、魔物達に犯された世界を、この手で平和な世界に戻してあげたい」
「それは、立派な目標だね? 自分の世界を救うために」
「お前は、違うのか?」
「僕は?」
「お前は、この世界を救うために」
悪魔は、その言葉に「ニヤリ」とした。その言葉をまるで、嘲笑うかのように。
「それも当然にあるよ? でも、それだけじゃない」
「それだけじゃ、ない?」
「うん、それだけじゃない。僕はね、この世界を思いきり楽しみたいんだ。自分が思うままにこの槍を振りまわす。君はたぶん、自分の命に使命を持ちすぎなんじゃないかな?」
「自分の、命に?」
「そう、自分の命。君は、誰かに頼まれて生きているの?」
俺は、その質問に押しだまった。そんな質問に答えられるわけがない。自分が生きている理由は、自分が誰よりも知っているのだから。でも、なぜだろう? そう聞かれた瞬間、その答えに詰まってしまった。俺は自分の杖に魔力を集めて、魔法の方にそれを向けた。
「生きていない。俺は俺の意思で、自分の命を生きている」
「それならどうして、自分のために生きないの? 自分の気持ちに従って」
「好き勝手に振る舞う? それじゃ、魔王と同じじゃないか? 魔王の勝手な理屈で」
「振る舞うのは、普通。むしろ、それを抑える方が不自然じゃない? 自分には自分の自由が、自由に振る舞えるだけの力があるのにさ? 周りの人達に気を遣って、その自由を使おうとしない。自分の好きなように生きようとしない。それは、とても変な事じゃないか? 僕達には今の倫理を覆す、それだけの力があるのに? 自分から、その呪縛を」
「黙れ」
「うん?」
「黙れ! お前は……うっ」
これが、例の罪悪感か。それでも……。
「俺は、お前とは違う。自分の好き勝手に生きるなんて。俺は俺の、俺だけの正義に従うんだ!」
俺は、目の前の悪魔に突っ込んだ。自分の杖を槍に変えて。俺は、彼に文字通りの特攻をしかけた。「くらえっ!」
悪魔は、その言葉に怯まなかった。それどころか、余裕の笑みすらも浮かべている。悪魔は口元の笑みを消して、俺の攻撃を迎え撃った。
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