第128話 本編の主人公 5

 終わり……。こんなにも説得力のある言葉があるだろうか? 敵の姿が見えなくなった状態で、それらと戦わなければならない状況。今までの戦いがすべて無に帰し、一からまたやり合わなければならない状況。そんな状況になれば、絶望の一つくらいは抱くだろう。


 相手の数は自分よりも上で、自分は自分の仲間を守らなければならないのだから。俺が彼の立場ならきっと、この状況に焦ってしまうだろう。だが彼は、それにまったく焦っていない。それを見ている彼の仲間達も、調理係らしい少女の方は少し怯えていたが、もう一人はまったく焦っていなかった。まるでそう、。彼女の浮かべる笑みには、それを信じさせる雰囲気が感じられた。

 

 彼女は口元の笑みを消して、俺の顔に視線を移した。俺の顔が、それに強ばっている事も知らずに。「不安がる事はないわ」


 俺は、その言葉に固まった。その言葉が俺の不安を言いあてた事はもちろん、彼女の声がとても冷たかった(いや、怪しかった?)事にも思わず震えてしまったのである。俺は(感覚的に)人間の姿をした何か、人間とは違う何かと話しているような気持ちになった。


「そう、かな? でも」


「大丈夫」


 ミュシアと同じ、大丈夫。だが彼女のそれには、ミュシアのような安心感がなかった。安心感の裏に潜んだ、神秘性も。彼女の「大丈夫」に含まれていたのは、人間の精神を惑わす魔性性だった。彼女は「それ」を見せて、俺の顔をまじまじと見た。


「彼は、負けないわ。あの力がある限り、どんな敵もねじ伏せる。彼は、最強の悪魔だからね?」


「そう、か」


 いや、たとえそうでも……。


「これは」


「大丈夫です」


 今度は、調理係の少女。少女もとえ、サフェリィーさんは彼の事を信じているらしく、彼が一対多数の状況でいながらも、どこか穏やかな顔でその様子を見ていた。


「エイスケ様は、絶対に勝ちますから。わたしはそう、信じています。あの方は、どんな奇跡も起こせる人」


「どんな奇跡も、か。だから、アーティファクトの軍団も」


「滅ぼせた。わたしは、彼に自分の人生を救われたんです。だから、どこまでもついていく」


「彼がたとえ、何か悪い事をして」


「それも含めて、です。彼はわたしの神様であり、同時に悪魔でもありますから。神と悪魔は、表裏一体でしょう?」


 俺は、その言葉に押しだまった。それを否める言葉が見つからなかったからだ。神と悪魔は、表裏一体の存在。最悪の人間が、最高の救い手になる事もある。俺がこうして生きていられるのは、最高の女神に会えたから。そして、最悪の人間に会えたからだ。それらの出会いがなければ、今の自分は生きていない。遙か彼方の地で、死体になっていただろう。彼等との出会いは正に正反対だが、その本質はどちらも同じだった。


「人間には、光と闇が必要」


 それに応えたのは、「ホヌス」と呼ばれる謎の少女。彼女は怪しげな笑みを浮かべて、俺の顔をじっと見つめた。


「そう言う事よ? 完璧な善人もいなければ、完璧な悪人もいない。彼はその清濁を併せもった、等身大の人間だわ。だからこそ、気持ちの自由を求める。誰の支配にも縛られない、自己の自由を求める。私はただ、その夢を叶えただけ。彼がそう望む夢を」


「『夢の先に悪が待っていた』としても?」


「ええ。そもそも、この世は強い」


 俺は、その言葉を遮った。今までは彼女の言葉に聞き入っていたが、その部分だけはどうしてもうなずけなかったからである。


「強い人だけの物じゃないよ? 『強い』とか『弱い』とかに関わりなく。あらゆる人が、生きていける。君の言っている事は、とても柔らかい弱肉強食だ。弱い人は、強い人のためだけに生かされる。そんな世界じゃ、いつまで経っても平和にならないよ」


「理想論ね。あるいは、綺麗事かしら?」


「『理想論』とか『綺麗事』とかを嫌う人は、それが自分の胸に突きささるからだ。胸の奥が抉られるようにね。だから、そう言う言葉を使う。そう言う言葉を使えば、相手に『自分の側が現実だ、自分の方が大人だ』と思わせられる。本当に凄い人は、理想を現実として、綺麗事を真実として、その本質を求められる人だ。俺は昔から、そう思っている」


 少女は、その言葉に顔をしかめた。彼女としてはどうやら、その言葉が気に入らなかったらしい。


「子どもね、貴方」


「そうだよ? でも、いつかは大人になる」



よりは、ずっといいよ」

 

 俺は「ニコッ」と笑って、彼女の顔から視線を逸らした。彼女がどんな顔であろうと、それが俺の本心だからね。それを曲げるつもりはない。彼女がたとえ、「俺の事を嫌った」としても。俺には俺の、そう思う信念があるのだ。それを曲げるのは、俺自身が許さない。俺は真剣な顔で、フカザワ・エイスケの方に向きなおった。彼は(どう言う理屈か)ミュシアの最強技能を破って、俺の仲間達をまた倒している。


「強いな、本当に。でも、俺が本当に倒すべき敵は」


 俺は真面目な顔で、すべての元凶に視線を移した。

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