第127話 本編の主人公 4

 騎士と悪魔の一騎打ちは、あまりに理不尽だった。表面上では互角に見えても、その実は悪魔が優位に立っている。それも、得意の槍( たぶん)を使っていないにも関わらず。騎士の剣術をすべて封じ、それに反撃を加えて、見かけの拮抗状態を保っていた。


 正に子どもと大人のお遊び。大人が自分の子どもに剣術を教えているような感じだった。「お前の事はいつでも殺せるが、今はあえて手加減してやろう」と、そんな感じの雰囲気だったのである。クリナが「それ」に気づいたような時も、楽しげな顔でその雰囲気をずっと保ちつづけていた。

 

 悪魔は彼女の首元に剣先を向け、彼女がそれをはねのけても、その首元にまた剣先を向けた。そうすれば、「相手の戦意も削がれるだろう」と言わんばかりに。悪魔は右手の剣を回して、彼女の首筋に刃先を向けた。「どうする?」

 

 クリナは、その質問に押しだまった。質問の意味するところをたぶん、彼女なりに察してしまったからだ。「どうする?」の言葉に潜まれた、相手の意図を。「ここで引いた方がいいんじゃない?」と言う、相手の脅しを。彼女は俺よりも先んじて、その脅しを分かってしまったのである。だから、俺の「クリナ!」にも「う、ううう」と唸っているだけだった。クリナは悔しげな顔で、悪魔の顔を見つめた。悪魔の顔はやっぱり、「クスッ」と笑っている。自分の勝ちをどうやら、心から喜んでいるらしい。


「戦いの決着はもう、ついたようだよ?」


「まだだ」


 その言葉をもう一度。今度は、一度目よりも大きな声で。


「まだだ! まだ、終わっていない。アタシは」


「そうかい。それなら」


 悪魔は右手の剣を捨てて、例の槍をまた拾いあげた。それはたぶん、彼なりの「」と言う合図らしい。悪魔は自分の槍をクルクルと回して、彼女にその槍先を向けた。


「手加減は、終わり。ここからは、本気で行かせてもらう」

 

 そう言いおえた瞬間だろうか? 彼の姿が突然、それも無音の内に消えてしまった。砂漠の蜃気楼がスッと消えるように、彼の姿もまた忽然と消えてしまったのである。これには彼と戦っているクリナはもちろん、残りの仲間達も驚いているようだった。悪魔は彼女の背後を取って、そこから彼女に話しかけた。


「後ろが甘い」


 クリナは、その言葉に振りかえった。その言葉に何とか抗おうとして、自分の剣を振りまわしたのである。だがそれも、文字通りの無駄に終わってしまった。相手の攻撃は、彼女の反撃よりも速い。彼女は相手の攻撃をまったく防げず、挙げ句は自分の剣すらも弾かれて、相手に自分の身体を吹き飛ばされてしまった。「ぐわっ!」


 その声だけでも分かる、彼女の痛み、彼女は剣の鞘を上手く使って、地面の上から何とか立ちあがった。


「何なのよ、一体。アイツは、どうして?」


 こんなに強いのだろう? その理由は俺にも分からないが、とにかく強者である事は分かった。どんな怪物も、その力でねじ伏せる強者。噂通りの悪魔。悪魔の前ではすべてが無駄で、それに抗う術もまったくなかった。悪魔のなすがままにやられる。今もこうして唸っている俺の仲間達からは、彼に対する恐怖や無念が感じられた。彼にはどう頑張っても、勝てない。彼女は理屈すらも越えた本能で、その本質を見ぬいたようである。だが、そんな中でも……。


「だいじょうぶ」


 彼女だけは……。


「みんなは、やられない」


 だけは、この状況を諦めていなかった。


「私が、みんなを守る。リオ」

 

 それに応えるリオもまた、彼女と同じ気持ちだったらしい。彼女は仲間の全員に回復魔法を掛けて、その傷をすっかり癒してしまった。


「傷だけじゃない、みんなの防御力も上げた。これから先は、今までのようにはいかない」


 俺の仲間達は、その言葉に立ちあがった。それがみんなの勇気、つまりは活力になかったからだ。それを受けた彼女達には、どんな攻撃も通じない。それがたとえ、最強最悪の悪魔であっても。彼女達は俺の予想を超えて、その悪魔を倒しに掛かる筈である。そうなれば、流石の悪魔もただでは済まないだろう。本気になった彼女達はたぶん、俺よりもずっと強いのだから。


 でも、なんだろう? 

 それでも、この不安が消えない。

 自分の喉元に槍先を突きつけられているような、そんな感覚がどうしても拭えなかった。


「悪魔は、あたし達が清める」


 白魔道士らしい、「清める」と言う言葉。だが今は、それもどこか虚ろに聞えてしまった。リオはミュシアに目配せして、彼女に最強最大の最強技能を使わせた。「透明化」と言う、スーパースキルを。「これで、貴方も終わり」


 悪魔は、その言葉に怯まなかった。それどころか、ある種の余裕すら見せている。まるで「そんなモノなど通じない」と言わんばかりに。「さて、それはどうだろう?」


 ミュシアは、その言葉に目を細めた。その言葉に苛立ちを、つまりは相手の挑発を感じたらしい。彼女は普段の彼女らしからぬ顔で、悪魔の少年をゆっくりと指さした。


 

 仲間達は、その言葉に従った。それも、ただ従っただけではなく。とても嬉しそうな顔で、その言葉に「分かった」とうなずいた。彼女達は(透明化のスキルを受けた状態で)近距離、中距離、遠距離向きのチームに分かれて、悪魔の少年に波状攻撃を仕掛けはじめた。


「貴方は、終わり」

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