第126話 本編の主人公 3

 確かに終わりかも知れない。それが普通の、どこにでもいるような敵だったら。彼女の短剣に襲われて、その喉を掻ききられていただろう。実際、それ程に強い攻撃だし。洗脳補正が掛かっている彼女の攻撃は、普段よりもずっと強かった。


 それにも関わらず、なぜ? なぜ、彼女の攻撃を見きられるのだろう? 彼女が自分の喉元に迫った瞬間を感じて、それに反撃を加えられるのだろう? 普通の人間でしかない俺には、その反射力がまったく解らなかった。彼の反射力は、常人のそれを遙かに超えている。マドカが彼の攻撃に怯んだ時も、それを「彼女の隙」と思ったのか、その鳩尾に一撃を加えていた。

 

 彼は「ニヤリ」と笑って、マドカの顔を睨んだ。マドカの顔は、それに怯えている。


「つまらないな、『もっと強い』と思ったのに。これじゃ、怪物と戦った方がマジだよ」


 マドカは、その言葉に眉を寄せた。その言葉にどうやら、相当に苛立ったらしい。普段は(「どちらか」と言うと)落ちついている感じの彼女だが、今回ばかりはかなり怒っているらしかった。彼女は隠密のスキルを活かして、彼女特有の透明化を作りだした。それを作りだせば、彼の目から逃れられる。攻めと守りとを会わせた技は、彼女の最も得意な技だった。彼女は「奇襲」のそれを使って、目の前の敵に襲いかかった。


 だが、そんな攻撃が通じる敵ではない。今までの動きを見る限りでは、そんな攻撃など攻撃にすらならなかった。悪魔は彼女の攻撃をさばいて、彼女に自分の剣をぶつけた。剣の刃先で彼女を切らないようにしつつも、それで相手の攻撃をすっかり封じてしまったのである。

 

 マドカは、その攻撃に吹き飛ばされた。それを防ごうとしたシオンが彼女に「マドカ!」と叫んだが、その加勢も無意味に終わってしまう程に。マドカは大怪我こそ負わなかったが、彼の攻撃に思わず倒れてしまった。「そんな、どうして?」

 

 それは、俺の方が聞きたかった。マドカの隠密は、とても強力。その力には、俺もかなり苦しめられた。初見のそれで、見きわめられるモノではない。少なくても、それに「え?」と驚く筈だった。それなのに、どうして? 「彼女の隠密が」


 悪魔は、その言葉に微笑んだ。その言葉をまるで嘲笑うかのように。



 当たり前? 何が当たり前なのだ?


「こんなスキル、初見で見やぶれる。彼女の隠密なんて、子どものかくれんぼだ」


「子どもの、かくれんぼ?」


「そう、こどものかくれんぼ。隠密の瞬間は、確かに驚くけどね? 攻撃の一瞬に見せる殺気だけは、どうしても誤魔化せない。殺気の気配には、一応の自信があるからね?」

「そう、なんだ。そうだとしても!」


「うん?」


「彼女達の力は、こんなものじゃない。現に、ほら?


 そう言った瞬間に飛んできた矢。それを射た人間はもちろん、弓使いのシオンである。シオンは「弓術」に関しては、マドカと同程度の実力を持っていた。その武器で狙った相手は決して、何があっても逃さない。今の瞬間に撃たれた矢も、悪魔の死角を見事についていた。だがそれでも、悪魔にはやっぱり通じないらしい。それが悪魔の身体に当たる瞬間、その気配や風圧を気づかれて、矢の攻撃をすっかり防がれてしまった。


 シオンは「それ」に舌打ちして、自分の弓矢をまた構えなおした。「今度こそは、当ててやる」と言う気概を込めて。だがそれも、悪魔には無駄な抵抗だったらしい。射撃系は相手の死角から攻めるのが定石だが、今回はそれが見事に破られていたからだ。悪魔に自分の攻撃を防がれたせいで、その基本をすっかり忘れていたようである。彼女は矢の連続攻撃も虚しく、それらの攻撃もすべて防がれ、挙げ句は自分の間合いにまで入られて、悪魔の攻撃を受けてしまった。


「うっ!」


 悪魔は、その声に「ニヤリ」とした。その声がどうやら、とても嬉しいようである。本人はかなり手加減したようだが、気絶の一歩手前まで彼女を追いこんだのが、彼としては最上に嬉しかったようだ。地面の上に彼女を寝かせる動きにもまた、強者の余裕らしきモノが感じられる。彼は自分の槍を振りまわして、自分の周りを見わたした。彼の周りにはまだ、俺の仲間達が残っている。


「随分と減ったようだけど? 次の相手は」


 誰なのかは、俺にも分からない。仲間のほとんどが倒されてしまったせいで、次の相手がまったく考えられなかった。残った仲間達がどこから、あの悪魔に挑んでいくのかも。思考のそれが死にかかった俺には、その頭痛と戦うだけで精いっぱいだった。


「いないのか? それとも」


「臆病風に吹かれたわけじゃないわ!」


 この声は、クリナか? 彼女には、「奇襲」と言う言葉は似合わない。猪突猛進の如く、敵の真正面から突っ込んでくる。クリナとは、そう言う類の少女だった。クリナは彼の前にわざわざ現われて、彼に洗脳補正の掛かった剣を振りおろした。


「アンタのような奴は、アタシ一人でも充分だわ!」


「ふうん。なら、その実力を見せてもらおうか?」


 悪魔は地面の上に槍を放り投げて、代わりに腰の鞘から剣を引きぬいた。その剣でたぶん、彼女と戦うつもりなのだろう。悪魔は「コイツは、ハンデだ」と言う顔で、クリナとの一騎打ちに挑んだ。

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