第125話 本編の主人公 2

 悪魔の戦いは、正に無双。相手の攻撃をすべて防いでは、それに反撃を加えつづけていた。それも、どこか楽しんでいる様子で。相手が遠距離攻撃を仕かけてきた時には槍で、近距離の時には体術で軽々と防いでしまったのである。浮浪少年が「それ」に苛立った時も、それに「ニヤリ」と笑いはしたが、その視線をすぐに戻して、自分の槍をクルクルと回していた。

 

 俺は、その光景に息を飲んだ。その光景があまりに凄すぎて、今の状況すらもすっかり忘れてしまったのである。俺は期待と不安、安堵と恐怖を覚えながらも、真面目な顔で悪魔の戦いをじっと眺めつづけた。悪魔の戦いは、なかなか終わらなかった。俺が彼に「彼女達の事はどうか、殺さないで欲しい」と頼んだ事もあったが、その本人自体も「それ」を楽しんでいるようで、空隙部隊の切り札が飛んできた時も、それに「この世界にも、ミサイルがあるのか?」とか言って、切り札の上に飛びのり、それらをいくつも跳びこえて、彼女達のところに「フッ」と近づいた。


「そんな」


 それにつづいた、「嘘でしょう!」と言う声。声の正体はもちろん、空の空隙部隊である。彼女達は自分達の切り札が封じられた事はもちろん、それらが次々と壊される光景を見て、驚きよりも恐怖を感じたらしい。悪魔がエウロさんの前まで迫った時には、その速すぎる速さに「なっ!」と驚いていた。彼女達は仲間の危機を感じて、エウロさんに避難を促した。


「危ない! 避けて!」


 エウロさんは、その言葉にうなずいた。うなずいたが、それ以上の事はできなかった。彼女が仲間達の助言に「分かった!」と応えた瞬間、悪魔が彼女の身体に向かって槍を振りおろしたからである。エウロさんは相手の槍を食らって、箒の上から思わず落ちてしまった。


「キャッ!」


 年相応の悲鳴。それも、事態の異常に怯える悲鳴だ。彼女は空の上からゆっくりと落ちはじめたが、そこにユイリさんが駆けつけた事で、地面の上に落ちる事はなかった。


「ご、ごめん、ユイリ。アタシ」


「気にしなくていいよ。それより」


「分かっている。アイツ、本当に強いよ」


 確かに強い。いや、強すぎる。エウロさんの例ではないが、残りの少女達も彼女とほぼ同じように倒していた。自分の前にまたミサイルが飛んでくれば、その上に飛びのって、それを壊し、ミサイルの爆風を活かして、空の空間を自由に飛びまわる。そして、相手の背後に回っては、その攻撃手段を潰して、すぐに戦えなくする。地上の方から援護射撃が飛んできた時も、自分の槍をクルクルと回して、それらの弓矢をすべて防いでしまった。


「これは、殺す気でかからなきゃ! そうでないと」


 やられる。それは、俺も思った。彼は、この戦場を楽しんでいる。自分が圧倒的に有利な状況で、彼女達との戦いを楽しんでいた。それゆえに「やられる」と言う直感も、彼と戦っていない俺もすぐに分かった。分かったからこそ、「この戦いを止めなければ」と思った。


 彼はで、自分の槍を振りまわしている。空隙部隊の戦力をすべて潰し、それから地上に降りたったところで自分に襲いかかってきたチアやカーチャ、サクノさん達の扇子や鞭、輪や布を防いで、鎌や爪の攻撃を弾いている。彼女達が彼の前から引いて、アスカさん達が彼の周りを取り囲んだ時も、彼女達に一対多数の戦いを強いられた状況で、太刀の攻撃を受けながし、小太刀の攻撃も受けながし、長巻きの攻撃も弾きかえしてしまった。


「何なの?」


 これは、ヒミカさん。彼女は悪魔の周りに結界を張ろうとしたらしいが、悪魔にそれを破られてしまった。


「彼は?」


「こんな事」


 これは、コハルさん。彼女もまた、ヒミカさんと同じような反応を見せている。彼女は悪魔にまた呪いを掛けようとしたが、それも何らかの力で防がれてしまった。


「ありえない!」


 そうだ。こんな事は、ありえない。彼は、本当にCの冒険者なのだろうか? この強さは、いくらなんでも異常すぎる。三十人近くの手練れと互角以上に渡りあえるなんて、どう考えてもおかしな事だった。彼には何か、俺達の知らない秘密があるかも知れない。そうでなければ、この強さはありえないからである。その息も切らせずに三十人近くと戦えるなんて。


「どうであろうと!」


 これは、ボーガン部隊のみなさん。彼女達も、彼の強さに恐怖を覚えていたらしい。彼女達はありとあらゆる手段、彼に攻撃のすべてをぶつけたが、ボーガン系の弾はもちろん、大筒の弾も弾かれ、二丁銃の銃弾は足、盾も一蹴りで吹き飛ばされてしまった。


「なんで?」


 それに重なって、聞えてきた音色。これはたぶん、ニィの吹いた笛だろう。彼女は沈静の音色を吹いたようだが、彼には何か特殊な防御手段があるらしく、その音色もすぐに潰してしまった。「うそ?」


 悪魔は「それ」を無視して、彼女の鳩尾に拳を入れた。それでどうやら、彼女の意識を奪うつもりだったらしい。悪魔は「ニヤリ」と笑って、地面の上に彼女を寝かせた。


「さて?」


 次の獲物は、誰か? そんな事を感じさせるような眼差しだった。悪魔は少女達のところに向かって走りだそうとしたが、一本の短剣にそれを妨げられてしまった。彼は「それ」に驚いて、短剣の持ち主に目をやった。短剣の持ち主はもちろん、隠密の得意なマドカである。


「いつの間に?」


 マドカは、その言葉を無視した。右手の短剣で、相手の喉元を掻ききるように。彼女は「ニヤリ」と笑って、右手の短剣を動かした。


「終わりだ」

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