第124話 本編の主人公 1

 フカザワ、エイスケ? まさか、そんな? 「彼があの、たった一人でアーティファクトの軍団を倒した」と言う、悪魔のような冒険者。Cの冒険者でいながら、数多の奇跡を起こしてきた冒険者か? とてもそんな風には、見えないけれど。その怪しげに黒光りする槍からは、「殺気」とも「憤怒」とも言えぬ感情が感じられた。


 正に悪魔の化身、神話の中に出てくる使徒。それが今、俺の目の前に立っているのだ。どう言う経緯かは分からないが、俺の窮地を救ってくれたのである。それは感動以外の何物でもないが、今は「それ」に耽っている場合ではない。目の前の彼に事情を話して、その助力を求めなければならなかった。

 

 俺は身体の調子を何とか戻して、フカザワ・エイスケの横顔に目をやった。彼の横顔は、「ニコッ」と笑っている。この状況をどうやら、彼なりに楽しんでいるらしい。彼の仲間らしい少女達も、料理係らしい少女の方は震えていたが、もう一方の少女は彼と同じように笑っていた。


「ご、ごめん。細かい説明は、今」


「大丈夫だよ」


「え?」


「そんな説明は、要らない。ようは、コイツら全員を倒せば」


 俺は、その言葉に戸惑った。その言葉から感じられたのが、言葉通りの倒すだけではなかったからだ。「倒す」の言葉に隠された殺意、その殺気も感じられたからである。その殺気がもし、本当に解きはなたれたら? 彼女達もきっと、無事ではすまないだろう。彼がどんな風に戦うかは分からないが、それでも嫌な予感しかしなかった。彼はたぶん、彼女達の事を……「くっ!」


 俺は不安な顔で、彼の肩に触れた。彼の肩には、何とも言えない雰囲気が漂っている。


「止めてほしい」


「え?」


「彼女達は俺の、大切な仲間なんだ! 本当に大切な人達、それを! 彼女達はただ、あのクソ野郎に操られているだけなんだ。この町に住んでいる人達も」


 彼は、その言葉に驚いた。だが驚いただけで、それに戸惑いはしなかった。彼は少女の一人と何やら話しあうと、楽しげな顔で俺の顔に向きなおった。


「なるほどね、だから不気味だったんだ。この町に漂っている空気も。すべての元凶は、あそこに立っている浮浪者の少年か?」


 少年は、その言葉に眉を寄せた。それが不快だったわけではなく、ただ純粋に怯えているだけらしい。少年は彼にどうして粉が利かないのか、その理由にただ震えつづけていた。


「おかしい」


 それは、俺も思う。彼は確かに強いのかも知れないが、それでもやっぱり不自然だった。俺の仲間達でさえ操られてしまった粉に彼が操られていないのは、どう考えてもおかしすぎる。彼の仲間らしい少女達も、それぞれに反応こそ違うが、何かの防壁に守られているようだった。


「この粉は、どんな相手にも! 僕が選んだ相手になら」


「どんな物事にも、例外はある。普通の人には、通じるかも知れない薬でも」


「『君には、通じない』と?」


「それは、君の想像に任せるよ」


 なんとまあ、不親切な言葉だ。これには、流石の少年も怒っている。少年は「それ」に苛立ちすぎて、自分の本性を曝けだしてしまった。


「うるさい」


「うん?」


「僕に従え、逆らうな! 僕は、この町の……うっ」


 なんだ? 突然、苦しみだしたぞ? 彼に対して反論を述べようとしただけ、そうか。反論を述べようとしたから、突然に苦しみだしたのか。例の現象が起こって、言いようのない罪悪感を覚えたに違いない。少年は自身の罪悪感を振りきって、右手の指を「パチン」と鳴らした。


「神に逆らった事を悔やませてやる!」


 そうは言ったが、それが果たして叶うのだろうか? この不敵な悪魔に、自分の槍を振りまわす悪魔に。そんな力が果たして、彼に通じるのだろうか? 少年は俺の仲間達を操って、目の前の彼に襲いかかった。


「これだけの人数だ! 流石に逃げられないだろう?」


「逃げる? それは」


 彼にとってはどうやら、無意味だったらしい。彼は自分の槍をクルクルと回し、仲間の一人に「ホヌスは、サフェリィーを安全なところに」と言った上で、俺の仲間達を迎え撃った。


「人間が相手、か。普通なら殺してしまうところだけど」


 なっ! うそ、だろう? コイツ、人を殺した事があるのか?


「どうやら、大切な人がいるみたいだし。今回は、殺さないでいてあげる」


 彼は、フカザワ・エイスケは「ニヤリ」と笑って、自分の槍を操った。その動きは、本当に美しかった。「美しい楕円軌道を描いた」と思ったら、次の瞬間には「それ」をサッと引っ込めている。それも、目にすら見えない速さで。風を切るように動きまわっては、相手の攻撃を軽々と躱して、その相手に反撃を加えつづけていた。「どうしたの? 君達の力はさ?」


 こんな程度ではない。それは、俺が充分に分かっている。彼女達の仲間である俺が、彼以上に分かっている事だった。それなのに、なぜ? なぜ、こんなに? あっさりと躱されてしまうのだろう? 彼女達が「ここだ!」と攻めてきた動きを躱して、その攻撃を受けながせてしまうのだろう? その理解がまったく追いつかない。彼がなぜ、「ここまで強いのか?」と言う理由も。


 彼は俺と同じくらいの歳、俺と同じくらいの背丈でありながら、俺とはまったく違う次元を歩いていた。俺は自分でも「間抜けだ」と思う顔で、悪魔と仲間達の戦いをぼうっと眺めつづけた。

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