嬢7話 美の統率者 2(※一人称)

 悪魔? 「そんな物が、まさか?」と思いましたが、魔物のいる世の中です。そう言う想像上の存在、悪魔や天使がいてもおかしくはないでしょう。問題は、それが「余所者である」と言う点。そして、「その悪魔とは戦うな」と言う点でした。悪魔も魔物と似たような物なら、その力もまた似たような物である筈です。悪魔だけが特別なわけがない。

 

 悪魔もまた、人間の想像を超えた存在なのですから。「それ」と「戦うな」と言うのは、少し不自然な気がしました。だから、目の前の少女にも尋ねてしまった。「彼とどうして、戦ってはいけないか?」と、そう本心で訪ねてしまったのです。それが分からない以上、このモヤモヤもなくなりませんでしたから。その内容だけはどうしても、聞いておきたかった。

 

 私は真剣な目で、魔王様の目を見つめました。魔王様の目は今までと変わって、どこか沈鬱な表情に変わっています。


「その悪魔はいわゆる、魔族の裏切り者だからですか? 本当は貴女のしもべだったけれど、その統治から抜けだして」


「違う」


「え?」


「そうじゃない。それどころか」


「な、なんです?」


「そいつは、あたしのしもべですらない。『悪魔』と言う分類から離れた者でも。そいつは、文字通りの異邦人。余所の世界、つまりは異世界から来た害獣だ」


「異世界から来た、害獣?」

 

 そ、そんな者がいるなんで。これは、本当に予想外です。神話の世界や、創作の世界にそう言うお話はありますが、そんな物が本当にあるなんて。頭の思考が追いつきません。それを見ている少年達も、私の様子に「なんだ? なんだ?」と驚いています。


 私は自分の頭を何とか動かして、目の前の少女をまた見かえしました。目の前の少女は今も、困ったように苦笑いしています。


「その害獣が、『本物の害獣だ』として。それはなぜ、現われたんです? 害獣にとっては、ここは無関係の場所なのに? そんな場所にわざわざ?」



「お遊び?」


「そうだ、自分の欲望を満たすお遊び。悪魔は本来、普通の人間だったらしいが。邪神の力を受けて、この世界にやって来たそうだ。『この世界では、あらゆる罪が許される』と。そいつには免罪の力、あらゆる罪を消してしまう力があるらしい」


「そ、そんな! それじゃ、本当に何でもありじゃないですか? 犯罪も何もやり放題、好き放題に暴れられる。どうして、そんなモノを放っておいたんですか?」


 魔王様は、その質問に溜め息をつきました。それがすべてを物語っています。「その質問は決して、聞くべきではなかった」と、「それくらいに大変な質問だった」と。魔王様にそれを聞いてすぐ、その感覚を覚えてしまった。私はどうやら、魔王様の禁足地に入ってしまったようです。


「放っておいたわけではない、どうにもできなかったんだ。そいつの力に負けてね、つまりは返り討ちに遭ったんだよ。あたしの部下達も、かなりやられてしまったし。今は一人、そいつの追跡者を放っているが。そいつからの連絡では、他の犠牲者達と一緒に旅しているらしい。悪魔の被害に遭った同胞達を集めて」


「そうなんですか。それは……」


「呆れるか?」


「え?」


「悪魔の一人も狩れない魔王に」


 私は、その言葉に首を振りました。その言葉を否める理由がないからです。


「まさか。私も、自分の人生を変えられませんでした。自分ではどんなに『嫌だ、嫌だ』と思いながら、それをズルズルと引きずりつづける。自分がもし、あの場所で刃物を握らなかったら? 私は理不尽な処刑を受けていたか、望まぬ結婚を強いられていたでしょう。『悪役令嬢』と言う蔑称すらも付けられて。その意味では、今は本当に天国です」


「そうか、それならいい。お前を選んだあたしも、本当に嬉しいよ。お前は、確かに素晴らしい人材だ。この魔王に必要」


「魔王様」


「うん?」


「私は、自分の仕事を楽しみます。己に与えられた仕事を」


「ふふふ、そうか。それじゃ」


「はい。早速、はじめます。何事も、『善は急げ』と言いますし。彼等に苦しめられている人達は、私以外にいる筈ですから。私は、救いの女神になる」


「救いの女神、か。うん、善い二つ名だ。悪に身を捧げた、救いの女神。『陰』と『陽』とを持つ、真理の王。二つの要素を持つ者は、総じて強い」


「ありがとうございます」


 魔王様は、その言葉に「ニヤリ」と笑いました。それが無性に嬉しかったが、彼女が例の美少年達に「行け」と命じた事で、その意識をすっかり忘れてしまいました。魔王様は、私の顔に視線を戻しました。


「暴れろ」


 そこに数秒の間。


「暴れろ、暴れろ、暴れろ。気持ちの赴くままに。お前は、あたしの認めた破壊神だ。ありとあらゆる物を壊す、本当の現人神。その大いなる力を使って、我らが敵を討ち滅ぼすのだ!」


 私は、その言葉に叫びました。例の美少年達も、その言葉につづきました。私達は最高の高揚感を覚え、自分達の未来に胸を躍らせました。自分達の未来にはきっと、何か素晴らしい事が待っている。王宮の天井へと伸ばされた手には、それを感じさせる血潮がドクドクと流れていました。

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