裏11話 懺悔と後悔(※三人称)

 目の前の敵から逃げない。それは相当の勇気だが、それ以上に勇気のいる事があった。それは、自分の罪を明かす事。その被害者たる人に「自分は、罪を犯した」と告げる事だ。自分のやった事を包みかくさず、「これこれ、こう言う事をした」と言う。マティが被害者達に告げたそれは、正に自身の懺悔だった。マティは使者達の故郷に赴いて、その遺族達に「突然の訪問をすまない。実は……」と打ちあけはじめた。「『許して欲しい』とは、言わない。だが」

 

 遺族達は、その言葉を聞かなかった。その言葉を聞きたくなかった事はもちろん、それ以外にも「止めて欲しい」と言う気持ちがあったのかも知れない。「自分の息子や娘、それに類する人が殺された」と分かれば、その話に取り乱さない方がおかしかった。彼等は一部の例外を除いて、マティの罪を責めた。それを責めた上で、その死すらも求めた。「あの子の代わりにお前が死ねばよかったのに」と言う風に。あらゆる憎悪、無念、激情を表したのである。彼等は領主の前にマティをつけだして、「その処罰すらも頼もうか?」と言いはじめた。

 

 だが、それを認めないのが一人。彼に自分の命を救われ、これからの未来を見せられたライダルだけは、その考えに「待ってください!」と叫んだ。「この人のやった事は、確かに許されない。『いや、許されちゃいけない』と思います。自分の価値だけで、その仲間を殺すなんて。でも、それでも!」と言う風に。彼はマティの罪こそ認めたが、「それを罰するのは、早すぎる」と叫んだのである。


「この人を殺しても、亡くなった人達は帰ってきません。ただ、悲しい気持ちが残るだけです。貴方達だってきっと、自分のやった事に虚しくなるだけだ。『こんな事をしても、何も変わらないんだ』って。『あの子の魂が救われるわけじゃないんだ』って。善の気持ちが苦しめられるだけです!」


「そ、そうかも知れないが。なら、この気持ちはどうなる? 私達の気持ちはどうなる? この苦しい気持ちは? 『コイツの事を今すぐにでも殺したい』と言う気持ちは? その気持ちをどこにぶつければいいんだ? こうして言葉にするだけでも苦しいのに? それを、くっ! 君は、『私達に耐えろ』と言うのかね?」


 ライダルは、その言葉に眉を寄せた。その言葉は、ご尤も。彼等の気持ちもまた、充分すぎる程に分かった。自分がもし、彼等と同じ立場だったら。自分もたぶん、彼等と同じ事を叫ぶだろう。彼等と同じように叫んで、家の刃物に手を伸ばすだろう。それで目の前の男を殺すために。処刑台の事すらも忘れて、その刃物を振りおとすに違いない。


 だがそれは、人間の終わりだ。人間が人間で無くなる、その恐ろしいラインだ。それを越えてしまったたぶん、人間の世界へは戻れない。「修羅」と言う業を背負って、この世の理不尽に倒れるだけだ。もう二度と立ちあがれない、理不尽の世界に。「そうならないためにも!」


 ライダルは真面目な顔で、被害者の顔を見つめた。被害者の顔は、その迫力に強ばっている。それを見ていたマティも、その気迫に目を見開いていた。


「『罰するだけが断罪じゃない』と思います。相手の命を奪うだけが」


「なら、『どうしろ』と? コイツの命を奪う以外で」


 その答えは、「恨む事です」だった。


「この人がやった事を、この人が犯した罪を。僕は、魔物の事が許せない。僕の両親を殺した……」


 被害者達は、その言葉に押しだまった。それはもう一つの闇、自分の息子や娘が「この世界を救いたい」と思った動機でもあったからである。自分の大切な人達が殺されたわけではなくても、それが苦しめられたり、悲しんだりする光景を見て、その高尚たる夢を抱いた。「自分がこの世界を救ってみせる」と思った。その過程で様々な変化こそあったかも知れないが、彼等が根本に持っていた物は、その純然たる願いだった。それを叶えるために旅だったのに……。


「ふざけている」


「僕も、そう思います。そう思うけど、それに捕らわれてはいけない。新しい未来に、新しい希望を抱かなきゃいけない。僕はマティさんの手を取って、その手に救いを感じたんです。マティさんの犯してきた罪を含めて。僕は、自分の不幸を糧にしたい。今はまだ、弱いかも知れないけど。それでも、いつか」


 被害者達は、その言葉にうつむいた。その目からは涙を流していたものの、それに「分かった」とうなずいてくれたのである。彼等は真剣な顔で、少年の顔を見かえした。少年の顔は、彼等と同じように強ばっている。


「彼の事は、殺さない。君のために殺さない。君が彼に希望を見いだしたのなら、私達は君に希望を見いだそう。『この世界をいつか、救ってくれる』と信じて」


 ライダルは、その言葉に頭を下げた。その言葉から感じられる慈悲に、そして、それでも消えない無念に。彼は「許し」と「怒り」の狭間になって、その両方を背負いこんだ。


「ありがとうございます」


「いや。こちらこそ、ありがとう。私達に新しい希望を見せてくれて」


「そんな」


「ライダル君」


「は、はい!」


「死ぬなよ? 死んだら、そこでお仕舞いだ。何事も死んだら、果たせない」


「はい……」


 ライダルは「ニコッ」と笑って、死者の遺族達に頭を下げた。「それ」が「自分の贖罪だ」と言わんばかりに。


「ありがとうございます」

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