第123話 見えない恐怖 9
結界が、一撃で、破られた? そんな、馬鹿な。この結界は、普通の状態とは違う。その力を上げた、最大級の結界だ。少女達の攻撃を防ごうと、特別に張った結界。それが今、剣士の一撃で破られてしまったのである。何の魔法も掛けられていない少女、それも本当なら自分の仲間である少女に。彼女は愛用の剣を振りおろし、俺の顔を睨みつけて、その結界を見事に砕いてしまった。「こんな程度なの? まったく、これじゃ」
俺は、その言葉に眉を寄せた。それが本当に悔しかった、わけではない。クリナがたった一撃で俺の結界を破ってしまった事、その衝撃に震えあがってしまったのである。人間の域を出ないクリナがここまで強くなったのであれば、残りの少女達もそれ以上に強くなっている筈だ。現に今も、彼女達の攻撃を避けているわけだし。彼女達は何らかの補正を受けているのか、通常よりもずっと強くなっていた。俺がそんな状況で戦いつづけるのは、正直に言ってきつい。一人一人と戦うだけでも辛いのに、それが三十人近くもいるなんて。目眩よりも頭痛を感じてしまった。
俺は息も切れ切れ、真面目な顔で仲間の攻撃を避けつづけた。攻撃への反撃は、行えない。それを行えば、彼女達の身体にも傷を負わせてしまう。俺の大事な仲間達の身体に。そうなったらもう、俺としても立ちなおれなかった。だが、そんな事を言っている場合でもない。彼女達は俺の事などすっかり忘れて、ある時には建物の陰から、またある時には木々の上から、「ニヤリ」と笑って俺の事を狙いつづけた。
「襲い、襲い、襲い!」
ボーガン部隊の射撃は、やっぱり凄い。俺の足を止める場所はもちろん、その前方にも弾を撃ちこんでくる。それに飛行部隊の援護射撃が加わるのだから、本当に地獄のような世界だった。一秒でも立ち止まれば、すぐさま蜂の巣にされてしまう。アスカさんやイブキさんの剣戟は何とか防げるが、それも覚醒状態でなければ応えられず、マドカの奇襲やリオの白魔法などもあって、建物の陰に隠れられた時にはもう、身体中が汗だくになっていた。
「どこに隠れたって無駄だよ!」
「くっ!」
確かにその通りだ。これでは、どこに隠れても同じ。あらゆる障害物が、その意味を成さなくなる。今は仮初めの場所に隠れているが、それも「相手にはお見通しだ」と思っていた。
「どうする? やっぱり」
彼女達と戦わなければならないのか?
「それとも?」
……分からない。いくら考えても、分からない。どうすれば、一番いいのか? それがいくら考えても、分からなかった。俺は「絶望」と「混乱」の中で、自分の頭を掻きつづけた。
「ミュシア……俺」
そこに加えられた衝撃。俺の腹部に走った激痛。俺は「それ」に悶えたが、何とか覚醒状態になって、その場からすぐに逃げだした。「今の、攻撃、は?」
いや、そんな事を考えている場合ではない。今は、とにかく逃げないと。とにかく逃げて、反撃の体勢を整えないと。相手はこちらを攻め放題だが、こちらは相手に手を出せないのだ。相手に手を出せないのなら、文字通りの防戦一方にならざるを得ない。
「そうなったら」
いつかは、負ける。自分の仲間達に囲まれて、嬲り殺される。彼女達の得意な力を浴びせられて。俺は朦朧とする意識の中、フラつく足で何とか立ちつづけた。
「卑怯、者」
自分の手を汚さずにこんな、こんなに狂った手を。
「お前だけは」
そこに割りこんだ不気味な声。声の主はもちろん、あの少年である。
「許さない? もちろん、いいよ? 君に恨まれようが、恨まれまいが、こっちはちっとも痛くないからね。精々、『良い暇つぶしになった』と思う程度。僕は、君の思うような」
「ゲス野郎」
「え?」
「お前は、どう考えてもゲス野郎だ。こんな事を行って」
「別に良いじゃない? ここは僕の楽園、僕が統べる天国だ。その天国をどうするかは、僕の考え方次第。君の周りにこうして、その仲間達を囲ませるのも。君は自分が最も大事にする人達、その人達にこれから潰されるんだ」
俺は、その言葉に苛立った。苛立ったが、それに抗えなかった。自分の身体が既に疲れきっていたせいで、その意思を表せなかったのである。俺は自分の仲間達に取り囲まれる中、自身の未来に闇を見たが……。
「え?」
それはどうやら、まだまだ先のようらしい。少女達が俺の身体に向かって技を放った瞬間、それがすべて弾かれてしまったからだ。俺は自分の目の前に現われた人物、自分と同い年くらいの少年に思わず驚いてしまった。
「き、君は?」
少年は、その質問に答えなかった。そんな質問に「答える必要などない」と言わんばかりに。彼は謎の空間から真っ黒な槍を取りだすと、自分の両手で「それ」をゆっくりと構えはじめた。
「ホヌス」
そう呼ばれた少女はどうやら、少年の連れらしい。彼女はもう一人の少女(少女の名前は、「サフェリィー」と言うらしい)を守って、少年の後ろにそっと立っていた。
「君の予想は、凄いね。この町は、寄り道には最高だ」
少女は、その言葉に「クスッ」と笑った。その言葉がたぶん、相当に嬉しかったらしい。
「そうでしょう? 町の人達もみんな、普通の人間らしいし。ここの子達も、そこの少年に操られているだけのようだから」
「うん」
少年は「ニヤリ」と笑って、俺の方に視線を移した。その悪魔のような笑みを浮かべたままで。
「名前は?」
「え?」
「君の名前」
「俺は、
「ゼルデ・ガーウィン……ああ、君が!」
「俺の事を知っているの?」
「知っているよ。『スキル死に』から蘇った少年。君とはいつか、『会いたい』と思っていたんだ。同じ冒険者である」
「君は」
「え?」
「君は一体、何者なの?」
少年は、その質問に「ニヤリ」とした。それがまるで、一瞬の「儀式」と言わんばかりに。
「僕? 僕は、
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