第122話 見えない恐怖 8

 ダメだ、いくら考えても。いやいや、諦めはならない。どんなに難しい状況でも、それを破る策はある筈だ。今までは「無理だ」と言われていた事が、ふとした事から「可能だ」と分かるように。今の状況にもまた、その解決策がある筈……なのだが、それもやっぱり難しかったようである。建物の裏に迷わず隠れたのはいい。そこから自分の顔を出して、周りの様子を確かめたのもいい。周りの人から見られないよう、細心の注意を払った事も。


 だが、それでも忘れてはならない。ここは敵の町、アイツの操る人々が歩きまわる町なのだ。建物の裏にいくら隠れても、そこには誰かしらの人がいる。俺の姿がたまたま目に入った、本当に通りすがりの人達が。彼等は少年の指示を受けているらしく、俺の姿を見つけては狂ったように叫んで、俺のところに「見つけたぞ!」と襲いかかってきた。「町の治安を乱す者は、誰であろうと許さない!」

 

 俺は、その声に苛立った。特に「治安」と言う部分には、激しい怒りを覚えてしまった。町の治安を乱しているのは、冒険者の俺ではない。町の中に住んでいる少年、それもたった一人の浮浪者だ。そいつが、この町を乱している。本来は町ですらないかも知れないこの場所を、自分勝手な理由から好き勝手に操っているのだ。


「それを」


 こうも歪めてしまうなんて。彼に対する怒りが消えたわけではないが、その力には改めて「凄い」と思ってしまった。彼が本気になったらたぶん、国の一つすら操れてしまうだろう。国の首都辺りに「アレ」をまいて、その政治機能をすっかり止めてしまうに違いない。国の政治機能が止められれば、その領域は滅んだと同然になってしまう。あの儚くも、美しい国が。


「そう考えると」


 彼はやっぱり、子どもだ。目の前の快楽に夢中で、大きな欲望を育てていない。子どものような全能感に酔いしれているだけだ。「自分は、(この町では)全知全能の神である」と、そう内心で叫んでいるのである。「そう言う相手なら」


 俺は何度か息を吸って、背中の杖に手を伸ばした。背中の杖はいつも通り、俺の味方でいてくれている。「やる事は、一つ」


 アイツ一人だけを止める事だ。


「それ以外の相手とは、戦っちゃいけない。ここの人達は、みんな」


 そう言いかけた時だった。俺の背後から一人、町の住人が襲いかかってきた。住人は自分の右手に刃物を持って、目の前の俺に斬りかかった。


「シネェエエエ」


 口調がおかしい。両目も、白目を剥いている。これは、殺す気満々だ。その口からも、涎を飛ばしている。


「オマエハ、ヨソモノだ!」


「くっ!」


 そいつを貰うわけにはいかない。獲物が「短剣」とは言え、当たったら文字通りの大怪我だ。自分の身体に強化魔法を掛けていなければ、刃物の軌道すら見きれなかっただろう。彼等は見かけこそ平凡な人間だが、その力は達人級まで引きあげられていた。そんな相手とまともに戦いつづけるのは、いくら何でも無謀すぎる。


「ここは一刻も早く、アイツを倒せないと。そうでなきゃ」


 あっという間にやられる。現に敵も次々と出てくるし。このまま行けば、本当にジリ貧だ。戦わないで戦いつづけるのは、どんな猛獣から逃げるよりも難しい。俺は住人達の攻撃を何とか避けつつも、真剣な顔で浮浪者の少年を捜しつづけた。だが、「どこだ?」


 浮浪者の少年は、なかなか見つけられなかった。元も場所まで何とか戻ってみたが……そこにはもう、彼の姿はない。俺の姿を捜しているだろう影、町の人達は何人か見られたが、それ以外の人達はまったく見られなかった。彼と一緒にいた(と思われる)、少女達の姿も。俺は不安な顔で、自分の周りを見わたした。


「どこだ? どこ?」


 消えたのだろう? その答えは分からなかったが、「少なくとも一人はいる」と言う事は分かった。俺の身体に飛んできた、一本の矢。それはあまりに正確な狙いだったが、それゆえに「ヤバイ」と気づけたので、その矢を何とか躱す事ができた。俺は、矢の飛んできた方に視線を向けた。視線の先には一人、俺の仲間が立っている。「弓術士」の道を歩く、ある一人の少女が。


「シオン……」


 シオンは、その声を無視した。あるいは、単に聞えなかっただけかも知れない。彼女は俺の呼びかけを無視して、目の前の俺にまた矢を放った。


「死になよ?」


「冗談」


 はい、そうですか、なんて言えるわけがない。俺にはまだ、やならければならない事があるのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。俺は自分の周りに結界を張って、「回避」から「防御」の姿勢に切りかえた。仲間の一人に見つかってしまった以上、そこからの増援が考えられたからである。多数の敵を相手にするなら、回避よりも防御の方がいい。


「そっちこそ、いいの? 俺には、まだ」


 切り札がある。そう言えば、相手も怯むだろう。そんな計算があった俺だが、今の彼女達にはどうやら通じないらしい。彼女達は俺の脅しに怯むどころか、それに「そんな脅しに怯えるわけがないでしょう?」と言って、建物の物陰からすぐに出てくると、楽しげな顔で俺に次々と襲いかかってきた。特にクリナは、かなり楽しそうなご様子。


「結界か? だが、その程度」


 クリナは「ニヤリ」と笑って、俺の結界に剣を振りおろした。

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