第120話 見えない恐怖 6

 そんな馬鹿な事があるか? 普通の人間が、彼女達の事を操れるなんて。普通に考えたらおかしい。いや、普通ならありえない。そいつも何者かに操られて、彼女達にもそう言われているのだ。そいつがまるで、すべての元凶であるかのように。それらしい事を述べては、得意げな顔で俺達の事を騙そうとしているのである。


 そうでなければ、こんな事などありえない。冒険者である彼女達が、こうも簡単に操られる事など……うん。これにはきっと、裏がある。「真犯人は、町の浮浪者」と見せかけた、巧妙な罠が仕掛けられている。それを確かめる証拠は何もなかったが、冒険者としての常識や、残留組の反応から見てみても、「その推理は決して間違っていない」と思った。彼女達は敵の虚をついた情報、つまりは俺達に嘘の情報を信じさせようとしている。「そんな手には、乗るか」

 

 俺は自分の顎を摘まんで、相手の顔を見かえした。相手の顔はやっぱり、その無表情を貫いている。


「悪いけどね? そんな嘘は、通じないよ?」


 ミュシアは一瞬、その言葉に目を見開いた。その言葉にどうやら、意表を突かれたらしい。動揺の域には達していなかったが、その顔には驚きが浮かんでいた。これは意外と早く、事件の真実を暴けるかも知れない。この町がなぜ、「帰れない町」と呼ばれているのか? その真実をすぐに暴けるかも知れなかった。ミュシアは仲間達の顔を見わたして、それからまた俺の顔に視線を戻した。


「どうして、そう思う?」


「そんなの簡単だよ。そいつがもし、普通の人間だったら。人間の中でも、特殊な立ち位置にいる人間だったら。こんなわけの分からない事をつづける意味がない。いや、意味が分からない。町の中に様々な人間を連れこんで、その人達をわざわら操るなんて。普通なら考えられないよ。そんな手間の掛かりそうな事をするなんてさ。犯罪で自分の富を築くよりも面倒な事だ。町の人達にも……俺が見た感じでは、ある程度の自由を与えて。こう言う場合ならもっと、町の人達を縛るでしょう? 自分の富を肥やすために、自分の欲望を満たすために。自分の趣向に従って、非人道的な町を築いている筈だ。それなのに」


「この町は、そうでない?」


「うん。それどころか、それとは真逆の事をしている。町の雰囲気はどこか、不気味だけどね? でも、平和な事は確かだ。平和な世界で、平和な人達が、平和に暮らしている。ここがまるで、今の世界から切りはなされたかのように。すべてが、普通以上に普通すぎるんだ。普通なら動いている筈のギルドセンターも、この町ではほとんど動いていないようだからね? そこを訪れる冒険者達も、どこか虚ろな感じだし。そう言うところから考えてみても」


 ミュシアはまた、俺の言葉に目を見開いた。今度は、その言葉に苛立って。俺が彼女に「でしょう?」と行った時も、それに「うっ、うっ」とうなりはしたが、その答え自体を述べようとはしなかった。ミュシアは自分の足下に目を落として、その地面をじっと見はじめた。


「違う」


「何が?」


「そんなのは、ぜんぜん違う。私達はただ、『ここに行け』と言われただけ。あのお方に」


「あのお方?」


 浮浪者ではなく、あのお方? ふうん、なるほど。


「その人は、かなり偉い人なんだね?」


 彼女の顔が青ざめたのはたぶん、偶然ではないだろう。残りの少女達も、同じような表情を浮かべているからね。これは、かなりの効き目がある一撃であるようだ。

「それなら」


 その弱点を突いていくしかない。


「質問を変えるね? ここに来て、『俺達に何をしよう』と思ったの?」


「……それは」


 また、沈黙ですか。答えづらいがゆえに出る沈黙。その沈黙を突きやぶりさえすれば。


「分からない」


「分からない?」


「『ここに来れば、すべてが変わる』って、そう言われただけだから。私達には、何も分からない。貴方達とこうして会う事が、何を意味するのかも」


「そっか、それならますます怪しいね」


「何が?」


「すべてが、普通じゃないから。普通なら何らかの躊躇い、初対面の人と会う躊躇いらしいモノがあるじゃない? それがたとえ、『偉い人からの命令だ』としても。これから会う人の情報くらいは、くれる筈だ。自分の計画に狂いがあったら大変だからね。その狂いは、『最小に抑えたい』と思う。特に敵の戦力を奪った場合では」


 その言葉に動揺を隠せないミュシア達。この感じは、ほとんど詰めに等しいだろう。相手の勝負を決するチェックメイトに。後は俺が、その一手を打つだけだ。


「もう一回、聞くよ? 町の支配者、ここの黒幕は誰?」


 さて、その質問にどう答えるか? 彼女は不安な顔で、俺の目に視線を戻した。


「教えない」


「って事は、?」


 無言の「しまった」は、ある意味で彼女らしくない。彼女はやっぱり、何者かに操られている。正常な彼女なら、こんなヘマはやらかさない。


「さあ、答えて。そうじゃないと」


 そこに割りこんだ謎の声。声の主は少年で、俺とは同い年くらいに思えた。


「どうするの?」


 俺はあわてて、その声に振りかえった。「そいつが、すべての元凶である」と思って、その顔を思いきり振りかえったのである。


「君が?」


 そう、ここの支配者であるらしい。見るからに怪しげな少年、その口元を笑わせた浮浪者っぽい少年だった。彼は「ニヤリ」と笑って、服の中から袋らしき物を取りだした。


「操り粉。この粉を吸った人間は、ここの住人になる。僕の思い通りに動く、文字通りの人形に。彼女達も」


「そいつで操ったのか?」


「僕の根城に入りこんだからね? その前は、犬耳少女が入ってきたし。本当に迷惑極まりないよ。彼女はずいぶんと、その鼻が利くようだったし。鼻の利く人間は、本当に厄介だ。その影でまあ、町の住人も増やせたけど」


「どうして?」


「うん?」


「どうして、こんな事を? こんな事をしたって」


「楽しいからさ」


「え?」


「僕が楽しいから、それ以上の理由はないでしょう? ゼルデ・ガーウィン」


「俺の事、知っているのか?」


「情報は、町作りの基本だから。最新の情報は、できるだけ調べる事にしている。僕には、『領主』と言う下僕もいるしね? 君の事も、すぐに分かったよ。『スキル死に』から蘇った少年、ゼルデ・ガーウィン。そいつをもし、僕の手で仕留められたら?」


「楽しくない! 俺の仲間をさっさと返せ!」


 少年は、その言葉に目を細めた。それをまるで嘲笑うかのように。


「嫌だね。残りの少女達も、ほら? この匂いにやられているし。残っているのは、君だけだ」


「なっ! そんな、嘘だろう? 彼女達はみんな、ね?」


「うっ!」


 アスカさんの攻撃。それを間一髪で避けた。


「アスカさん!」


「無理だね。君の声はもう、彼女達には届かない。彼女達はもう、僕の操り人形だよ」


 少年は「ニヤリ」と笑って、俺の仲間達に指示を出した。


「さて、!」

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