第119話 見えない恐怖 5
不思議なのは、こっちだ。調査が大変でようやく帰ってこられた、これなら分かる。相手に気づかれないための変装、これもまだ分かる。でも、「貴方達は」なんて。「周りの目がいくらある」と言え、その演技は「あまりに行きすぎだ」と思った。
そんなに頑張らなくても、人目のつかない場所で会えばいいのに。彼女はあえて目立つような場所、宿の外にずらりと並んでは、不思議そうな顔で俺達の事を待っていた(と思う)のである。それがあまりに不思議で、また不気味でもあった。こんな方法は、どう考えても不自然である。相手の方は「えっ、何が?」と言う顔だったが、俺達の方は「どうして?」と言う顔だった。
俺は不安な顔で、彼女達の前に歩みよった。俺に「危険だ!」と言った、ヒミカさんの声を無視して。
「お、お帰り?」
その返事はやっぱり、「ふぇ?」だった。彼女達にはどうやら、「自分達がここに戻ってきた」と言う意識がないらしい。普段は落ちついているミュシアも、この時ばかりは不安そうな顔を浮かべていた。これはどう見ても、俺達の様子を窺っている。俺達が自分達の敵であるか否か、その中身を見きわめているのだ。ミュシアは俺の顔をまじまじと見た上で、その目をじっと見はじめた。
「誰?」
それを聞いて最初に感じたのは、目眩。次に感じたのは、言いようのない孤独感だった。「彼女の中から自分が消えた」と言う孤独感。それが今、一気に押しよせてきたのである。俺は「それ」に耐えられなくなって、彼女の両肩を思わず掴んでしまった。
「俺だよ!
「なに?」
「『何』って、そんな!」
そこからなのかよ? 俺と君の関係が始まる前、俺のリスタートが始まる前から。
「そんなの」
認められない。いや、認めたくない。君は、俺の女神様ではないか?
「俺の人生を変えてくれた、救いの女神。君は、俺の特別な人」
「ごめんなさい」
「え?」
「私達はただ、『ここに行け』と言われただけで」
「誰に?」
「町の」
領主様。そう考えた俺だったが、その想像は見事に外れてしまった。
「
「浮浪者?」
そんな人間がどうして、彼女達を? 浮浪者は町の中にもたくさんいるが、それがどうしてこんな事を起こしているのか? 頭が回らない今の俺には、その答えがどうしても分からなかった。俺は彼女の両肩から手を退けて、彼女の目をじっと見つめた。彼女の目はやっぱり、俺の目をじっと見かえしている。
「君達は……ミュシアは、その人に」
「どうして?」
「え?」
「
絶望の一言だった。最後に残されていた希望が、これですっかり消えてしまったから。彼女はやっぱり、自分の記憶を失っている。おそらくは、彼女の周りにいる少女達も。少女達は俺が彼女の名前を知っていた事はもちろん、その態度に不思議な嫌悪感を覚えたようで、俺の顔を「気持ち悪い」と睨んでいた。
「貴女とは、初めて会ったのに?」
俺はその言葉に力を失ったが、残留組の少女達はそうでなかったらしい。特にピウチさんは今の状況が受けいれられないようで、ミュシアの前に勢いよく走りよった。
「初めてじゃないよ! わたし達は、ミュシアちゃん」
「貴女は?」
「ふぇ?」
「貴女も、誰?」
「ミュシアちゃん!」
スラトさんは「それ」を制して、ユイリさんもその前にたった。二人ともどうやら、今の状況を受けいれてしまったらしい。「自分達の仲間が敵に操られてしまった」と言う状況を、そして、「下手すれば、彼女達と戦わなければならない」と言う現実を。それを口にする事はなかったが、無言の中に「それ」を感じているらしかった。彼女達は真面目な顔で、自分達の後ろにピウチさんを引っ込めた。
「落ちついて」
こんな時も、冷静なスラトさん。
「コイツ等はもう、あたし達の知っている仲間じゃない」
ユイリさんも、まったく怯んでいない。
「甘い同情は、死に繋がるよ?」
ピウチさんは、その言葉に押しだまった。その言葉に折れたからではない。彼女もまた、目の前の状況に泣いてしまったからだ。さっきまでの俺と同じように。自分の心が真っ暗な闇に覆われてしまったのである。彼女は、しゃがむように泣きくずれてしまった。
「う、ううう」
俺は、その声を無視した。その声を聞いていたら、俺まで泣いてしまう。この言いようのない虚しさに。だから、ミュシアの前に戻った。彼女の前に戻って、その目をまた見つめはじめた。彼女の目はやっぱり、俺の目を見かえしてくる。
「連れていけ」
「え?」
「そいつのところに。ミュシアを操っている浮浪者のところに。浮浪者は、この町にいるんでしょう?」
この町にいるのなら、そいつは間違いなく魔物だ。魔物は、人間の敵。人間が倒さなければならない宿命の相手。その相手を倒せば、彼女達もきっと帰ってくる。
「だから」
「ダメ」
「いいから! そいつを倒せば」
「
「え?」
それは、一体?
「どう言う」
「言葉通りの意味。その人を殺せば、人殺しになる。その人は、私達と同じ人間だから」
俺は、その言葉に目を見開いた。それが今までの先入観を吹きとばすかのように。
「俺達と同じ、
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