第117話 見えない恐怖 3

 彼女の挑発が効いたかどうかは、それが起こってみないと分からない。事実、相手はまったく動いていないようだったし。俺達の動きを窺ってはいたようだが、それも様子見の意味合いが強かった。俺達の動きが分からない以上、相手もその動きに合わせられない。軍師の扇子が仰がれるが如く、沈黙の攻防をつづけるしかなかった。相手の心理を読みあう、そんな感じの攻防を。「帰れない町」と言う領域を舞台にしては、その攻防をずっとつづけていたのである。彼等はあらゆる瞬間、あらゆる時宜を見て、俺達の様子をずっと窺っていたが……。

 

 それは(たぶん)、俺達の方も同じだった。俺達は町の人々に目を光らせていたが、自分達の仲間達がなかなか帰ってこない事、「領主の調べが捗っていないのか?」と言う不安もあって、宿の部屋に戻った後も、真面目な顔で部屋の中に立ちつづけた。


「はぁ」


 エウロさん、溜め息が深い。聞いているこっちも、疲れるような感じです。まあ実際、こちらも疲れているけれど。彼女は部屋の壁に寄りかかって、頭のゴーグルを少しずらした。


「辛い」


 それにつづいた、ピウチさんの「ほんとぉ」も疲れている。これは、本当に「参った」と言う感じだ。ピウチさんは部屋の壁にこそ寄りかからなかったが、椅子の上には座って、その背もたれに思いきり寄りかかった。


「足が棒になりそうだよ、町の中をこんなに歩いてさ。お空の上から眺めた方が、色々と分かりそうなのに。わざわざ」


 ヒミカさんは、その言葉を遮った。その言葉自体が不快だったわけではないようだが、彼女としても色々と考えているようで、その「わざわざ」にどうしてもうなずけなかったようである。彼女は巫女服の袖を正して、ピウチさんの顔に目をやった。ピウチさんの顔は、その視線に少し強ばっている。


「だが、そうするしかない。町の上空から調べれば、相手もより一層に怯えるだろう。『相手の上を押さえる』のは基本だが、それゆえに恐れられるのだ。『自分の方が不利になる』と言う意味で、空への警戒は強い。君達が町の上空を調べれば、相手も相応の反撃を仕掛けるだろう。君達の対空攻撃に迎えうつような」


 コハルさんは真面目な顔で、その言葉に腕を組んだ。それをどう思ったのかは分からないが、彼女もやっぱり思うところがあるらしい。彼女は短い袴の裾を正して、ヒミカさんの顔に視線を移した。


「本当に面倒な町。町の全体に結界を張るとしても、その鈍いが解けるかどうかも分からないし。あたしは正直、かなりイライラしているよ。こんな姑息な手」


 グウレは、その言葉に苦笑した。特に「姑息」の部分には、今まで以上に苦笑いしていた。彼女は自然溢れる緑らしく、この戦い自体を否めようとはしなかったが、敵の戦法自体には不満を見せていた。


「私も嫌、かな? 相手からすれば、普通かも知れないけど。こんな小ずるい方法は、その人間性も疑っちゃう。相手はまあ、人間ではないんだろうけど。それだって」


 アスカさんは、その言葉にうなずいた。それはたぶん、彼女が最も嫌う事だから。周りのそれにも増して、その怒りも激しいのだろう。彼女は強くこそなかったが、床の上を思いきり踏みつけた。


「陰険極まりない! 魔物なら正々堂々と」


 それを遮ったのは、やっぱり冷静なスラトさんだった。彼女はユイリさんの「スラト!」と無視して、アスカさんの顔に目をやった。


「戦うわけがない、貴女の気持ちは分かるけど。私がもし、相手の立場だったら。おそらくは、同じような手を使う。自分には、この町があるんだから。相手の土壌にわざわざ立つ必要はない。普通は、じっくりと弱らせて」


 イブキさんは、その言葉に目を細めた。彼女も「正々堂々」を重んじる性格ではあったが、アスカさんよりは現実思考であるらしく、アスカさんの時とは違って、スラトさんの言葉を否めようとはしなかった。それがアスカさんには、不服だったようだけど。


「確実に仕留める。戦いの条件が勝利ならば、そう言う戦法もありだろう。単独の一騎打ちなら別だが、集団戦においては有効な手段だ。自分の勝てる場所、有利な場所で戦う。それは、普通の思考だ。別におかしな事ではない。それゆえに」


 俺は、その言葉に目を細めた。その言葉に潜んだ意図を察したからである。


「彼女達が持ってこないのは、色々な意味で危険すぎる。カーチャは夜中に一人で出ていき、それからしばらく戻ってこなかった。『自分の中でどうしても、引っかかるところがある』と。自分からここに戻ってくるまで、その消息がまったく分からなかった。それを考えに入れても」


 クウミさんは、その言葉に生唾を飲んだ。それに怯えたからではなく、おそらくは言いようのない感覚を覚えて。彼女は自分の小太刀をしばらく眺めたが、その視線もすぐに逸らしてしまった。


「あの子達も、彼女と同じ目に遭っている?」


「あるいは、それ以上の事態に。彼女達は、少なくても十五人近くいるんだ。最初の被害者であるカーチャを含めて。それが『戻ってこない』とあれば」


「相手には、それを何とかできる力がある?」


「そうなるね。あるいは、それ以上の力が。相手はあえて……こう言う言い方はアレだけど、手加減して俺達の事をじっくりと追いこんでいる。そうでなければ」


 この状況は、ありえない。こんな真綿で首を絞めるような状況は。


「とにかく! 今は、待つしかない。彼女達が戻ってくるまで」

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