第116話 見えない恐怖 2

 この町はやっぱり、おかしい。彼の表情から考えても、その疑問はやっぱり晴れなかった。見えない何かに見られているようで、身体の芯がどうしても冷えてしまうのである。俺の周りに少女達もまた、俺と同じような感じだった。「十五人近くはいる」と言っても、その感覚だけはどうしても拭えない。町の人達から見られると、程度の違いこそあれ、その恐怖心を見せていた。俺の左右を固めている二人、ユイリさんとヒミカさんも、不安そうな顔で周りの人達を見ている。彼女達は年相応の恐怖心、少女特有の不安感を見せていた。「う、ううう」

 

 俺は、その声を制した。その声自体を止めたくはなかったが、周りの視線がある以上、「必要以上に怯えるのは危険だ」と思ったからだ。周りの人達は(たぶん)、俺達の動きに応じて動いている。俺達が今の状況でどんな風に動くか、それに応じて何らかの行動を起こそうとしている。昼食の時にたまたま立ちよった店でも、俺達の注文を聞いた店員はそれ程でもなかったが、厨房の奥から俺達を見ていた料理人や店員以外の給仕係、周りの客達すらも黙って俺達を眺めていた。


「落ちつこう。ここでもし、俺達が取りみだしたら。それこそ、相手の思う壺だ。俺達の事を『ここぞ』とばかりに襲ってくる。彼等は、俺達に隙ができるのをじっと待っているんだ」


 ヒミカさんは、その言葉に眉をひそめた。「正々堂々」を重んじる彼女にとっては、その言葉はとても気に入らなかったらしい。彼女は店員がテーブルの上に料理を運んだ後も、不機嫌な顔で周りの客達を眺めていた。


「卑怯だな、こんな真綿で首を絞めるような方法。私には、とてもできない事だ」


 それにうなずくコハルさんも、その言葉には同感だったらしい。彼女はヒミカさん程に怒ってはいないが、やっぱり不機嫌な事は確かで、腰の袴を何度も弄くっていた。


「そうだね。でも、これが奴等の手なんでしょう? 相手が弱ったところで、一気に攻める。コイツ等は、『剛』よりも『柔』に優れた怪物達だ」


 それにつづいたアスカさんも二人と同じ気持ちだったが、敵の戦術自体は否めようとしなかった。彼女は自分の顎をしばらく摘まんで、それから腰の鞘をゆっくりと撫でた。


「確かにね。だが、それだけに『有効な手』とも言える。相手が弱ったところを狙うのは……正々堂々とは言いがたいが、必ずしも悪い手ではない。時と場合によっては、最高の手にすらなる。貴様も」


 貴様? あっ、俺の事か。


「そう思うだろう?」


「う、うん、あまり使いたくはないけどね。それが『絶対に勝たなきゃならない相手』とかなら、そう言う手も」


 その言葉に溜め息をつく、クウミさん。あれ? 何か気分を害する事でも言っちゃったか? 俺が彼女に話しかけた時も、どこか不機嫌そうな顔だったし。彼女は自分の飲み物を飲みほすと、真面目な顔でテーブルの上に容器を戻した。


「どっちにしても、卑怯な連中には変わりない。そんな搦め手を使ってくる連中は。あたしだったら、真正面」


 その言葉を遮る、イブキさん。マジ、男前です。彼女の言葉にひるむどころか、反対に「それじゃ」と言いかえしている。彼女はクウミさんの顔をしばらく見て、それから俺の顔に視線を移した。


「ただの阿呆だよ。相手は、『それ』を誘っているんだから。自分の命がいくつあっても足りない。私達ができるのは、今の態度を崩さない事だ。どこまでも慎重に、でも動く時は大胆に。その時宜を見誤ってはならない。ガーウィンも」


「うん。それには、同意見だよ。相手はあくまで優位、『自分達の方が上だ』と思っている。僕達が彼等の領域に入っている以上は、『それをいつでもやれる』と思っているんだ。それこそ、煮るなり焼くなり」


 ユイリさんも、その言葉につづいた。彼女は俺の隣に座っていたが、俺や周りの仲間達と話す時はやっぱり、周りの配慮から小声になっていた。


「切るなり刺すなり。ホント、陰険な奴等。これがみんな、モンスターだったら。すぐにでも、空爆してやるのに!」


「く、空爆?」


「そう、黄金龍を倒した時に見せたでしょう? アレの大規模版。町ごと焼けば、こんな奴等なんてイチコロでしょう?」


「た、確かにそうかも知れないけど。それは」


「分かっている。あたし等も、そこまでしないよ。コイツ等がただ、誰かに操られているだけだったら。それこそ、虐殺になっちゃうからね? あたし等も、人殺しにはなりたくない」


 それに「でも」とつづける、スラトさん。彼女は俺達の席から離れていたが、何かしらの考えがあるようで、町の人達をじっと見わたしていた。


「最悪の場合は、それも考えに入れないと。相手がいつまでも搦め手を使ってくるのなら、こちらは『それ』と反対の手段にでなければ」


 町の人達は、その言葉に表情を変えた。……なるほど、これが彼女の狙い。彼等の行動をあえて促す、つまりは挑発行動だった。「そちらが動かないのなら、こちらから攻めこむぞ」と言う意思表示。そんな物を見せられたたぶん、向こうも黙っていないだろう。こちらに何らかの意思、それに類する行動を見せてくる筈だ。彼等は互いの顔をしばらく見あって、その視線から何かを話しはじめた。

 

 スラトさんは「ニヤリ」と笑って、その光景に指を鳴らした。

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