第115話 見えない恐怖 1

 二つに別れた俺のパーティー。一方は領主の館を調べ、もう一方は別の手がかりを探す。それが俺達の戦術であり、また同時に危険回避でもあった。一方の調査隊がダメでも、もう一方が「それ」をカバーする。実に残酷で、現実的な戦術だった。領主の館に入る方はきっと、かなりの危険が伴うだろう。最悪の場合は……うんう、それは決して考えない。


 仮にそうなっても、彼女達の命は決して奪わない。彼女達は、俺の大事な仲間だから。大事な仲間を手に掛けるのは、自分が死ぬよりもずっと辛い事だった。彼女達を殺すくらいなら、自分が死んだ方がマシだ。あんなに悲しい、切ない光景を見るよりも。「俺は……」

 

 俺は仲間達の顔を見送って、残りの少女達に目をやった。残りの少女達もまた、俺と同じような表情を浮かべている。


「行こうか?」


 少女達は、その言葉にうなずいた。特にユイリさんはやる気満々であるらしく、最初こそは周りと同じように悲しんでいたが、その途中から「よし!」と意気込んで、自分の仲間達を見わたしていた。


「あたし達も、頑張ろう! あの子達に負けないくらいに」


 残りの少女達も、その言葉にうなずいた。彼女達は元々のリーダーである彼女に絶大な信頼を寄せているだけではなく、違うメンバーの少女達も「それ」に巻きこむ力があるようで、俺達と別れてしまったミュシア、クリナ、シオン、マドカ、リオ、チアのグループ、ボーガン部隊の少女達、サクノさん達のグループを除いたメンバーに「うん!」と「そうだね!」とうなずかせては、互いの顔をじっと見せあわせた。「あの子達にも、負けないくらいに」


 俺は、その言葉に胸を打たれた。それが一種の起爆剤になって、自分の気持ちに活を入れたのである。俺は自分の胸を何度か叩いて、少女達の顔を見わたした。


「よし、それじゃ」


 そこに割りこむ、ヒミカさん。あれ? どうして、俺の腕を掴んでいるの?


「まずは」


 その後につづいた、ユイリさん。君もどうして、俺の腕を掴んでいるの? これでは、俺が動けないじゃないか?


「聞き込みならぬ、割り出しだね? 誰が味方で、誰かが敵か? それをまず、見きわめよう」


 ユイリさんは「ニコッ」と笑い、それにつづいてヒミカさんも「フフッ」と笑った。彼女達は何か負けたくないようで、周りの少女達が自分達に「ムムッ」としているのにも関わらず、俺の腕をさらに引っぱっては、楽しげな顔で町の通りを歩きだした。


「出発!」


 良い声ですね。俺の背後からは、冷たい視線を感じますが。それは、別にどうでもいいのか? まあいい、とにかく無視しよう。いや、無視しなければダメだ。無視しなければたぶん、殺される。当の二人は気にしていないようだが、俺自身は今にも死にそうだった。それゆえに無視。無視した上で、今の調査に打ちこもう。そうすれば、この恐怖からも逃れられる筈だ。俺はそんな気持ちで、今回の調査に打ちこみつづけた。


 調査の捗りは正直、悪かった。相手のスキルを見やぶるミュシア(彼女ですら、彼等の正体を見やぶられなかったものの)がいなかった事もあるが、彼女が居るか居ないかに関わらず、町の人達から聞きだせる情報はやっぱり無かったし、それとなく仕掛けた罠もすぐに破られてしまった。まるでそう、俺達の事を嘲笑うかのように。彼等は普通の人間を装い、普通の人間に化けて、普通の人間に成りきっていた。


 俺は、その光景にひるんだ。中でも「自分は、前は冒険者だった」と言う証言。それには、思わず驚いてしまった。前は冒険者だったのなら、「この町には元々住んでいなかった」と言う事になる。この町に元々住んでいなかったのなら、ここに留まるのにも相当な理由がある筈だ。その理由さえ分かれば、ここの秘密だって分かるかも知れない。


 俺は「それ」にうなずいて、彼の情報に期待を抱いた。


「どうして住みつづけているんですか? この町に」


「それはもちろん、住みやすいからだよ。ここは、見たとおりに平和だからね。余計な争いに巻きこまれなくていい。俺は、冒険者の生活に疲れてしまったんだ」


「ここの領主は」


「うん?」


「領主の事は、『怪しい』とは思っていませんか? この町は一応、外からは『帰れない町』と言われていますし。そんな町に住んでいれば」


「確かに怖い。が」


「はい?」


「ようは、慣れだよ。慣れれば、どうって事はない。最初は『おかしい』と思った事でも、やがては普通の事になる。君にだって、そう言う経験はあるだろう?」


「う、ううう、まあ」


 ある事はあるが、それでもやっぱり……。


「とにかく」


「うん?」


「貴方は自分の意思で、この町に留まっているんですか?」


 その質問が悪かったのか? 彼は一瞬、不快そうな表情を見せた。俺の事を怪しむような、そんな感じの表情を。


「ごめんなさい」


「どうした?」


「何かこう、不快になるような事を聞いて」


「別に何とも思っていないよ? ただ少し、驚いただけで。君のような人間は、


 彼は「ニコッ」と笑って、俺の目を見つめた。それに思わず震えるような眼差しで。


「いつまでいるの?」


「分かりません」


 それがたぶん、最も無難な答えだ。相手にも自分にも都合がいい答え。相手に不審がられない答えである。


「すべては、天の気分次第」


「天の気分次第。うん、いいね。君は、意外と詩人なんだな」


 彼は「ニコッ」と笑ったが、その目は決して笑っていなかった。


 俺は、その表情に震えあがった。

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