嬢6話 美の統率者(※一人称)

 ご主人様、か。それを聞く限りではいい言葉ですが、今の私には恐ろしい言葉です。私がなぜ、彼等のご主人様なのか? そもそもなぜ、私がご主人様なのか? その説明はまだありませんが、何となく嫌な感じでした。私の未来がふと、現われたようで。言いようのない不安に駆られてしまったのです。それを言った魔王の方はやっぱり、「ニヤニヤ」と笑っていますが。彼女には他人の不幸を笑う、あるいは、楽しむ趣味があるようです。相手が困った顔を見て喜ぶ、そんな感じの趣味が。彼女は私の顔に視線を戻して、その目をじっと見てきました。


「どうだ?」


 そう訊かれても、「え? いや」と応えるしかありません。あんなにも美しい少年達を見せられて、その心も震えない筈がない。正直、間抜けな顔で「ポカン」としていました。当の美少年達は呆れ顔、あるいは、不思議そうな顔で私の事を見ていましたけど。私は彼等の顔から視線を戻して、魔王の顔に視線を戻しました。魔王の顔はやっぱり、私の表情に微笑んでいます。


「『どうだ?』と言われても。彼等は?」


「見ての通り、あたしの手下だよ? あたしが生みだした少年達、人間のそれを苦しめるモンスター。彼等は人間への遊撃部隊として、あちらに送りだそうとしたが」


「な、何か問題でも?」



「統率者が?」


「正確には面白い統率者が、だが。奴等の中にも才気溢れる人材はいたが、どうも薄い感じでね。あたしの気持ちを高ぶらせてくれない。いつも、『かしこまりました』とうなずくだけ。これでは、アーティファクトを手なずけているのと同じだろう? あたしの言う事に『はい、はい』と従っているだけではさ? 正直に言って、つまらない。あたしはね? あたしの想像を超える配下が欲しいんだ」


 私は、その言葉に息を飲みました。それが意味するところをすぐに察してしまったから。そして、「それもまた、彼女の趣味である」と分かってしまったから。強ばってしまった自分の顔をどうしても解けませんでした。私は何度か深呼吸して、少年達の顔に視線を戻しました。少年達の顔は十人十色、私の存在に戸惑っているか、あるいは、訝しんでいます。おそらくは、「私」と言う存在に不満を抱いているのでしょう。ふと何気にやってしまったお辞儀はもちろん、彼等への微笑みにも、ある種の警戒心を見せていました。


 私は、その警戒心に苦笑いしました。その気持ちが痛い程に分かったからです。「魔王様からの命令」とは言え、これは流石に酷でしょう。魔王に「これからは、彼女に従え」と言った相手は、自分達が今も戦っている人間なのですから。素直に「はい」とうなずける筈がありません。私ですら、「え、え?」と戸惑っているのですから。相手の方は、それ以上の戸惑いを覚えているでしょう。現に何人かの少年は、私の事をマジマジと見ていますから。


 私は「それ」に耐えかねて、彼等の目から視線を逸らしてしまいました。


「魔王、様」


「うん?」


「貴女がどんな事を考えているのかは分かりませんが。私にはたぶん」


「無理ではないさ」


「え?」


「お前は、人間を恨んでいる。それだけで」


「『充分だ』と? まさか! それだけじゃ」


「大丈夫。恨みは、どんな感情よりも強い。それこそ、優しさなんて感情よりも。恨みは、人間に活力を与える。お前には、殺したい程に憎んでいる相手はいないのか?」



 相手。そんなのは、山ほどにいます。この私を育てた親はもちろん、それに媚びていた皇子達も。下らない因習に囚われていた思想も。みんな、みんな、私の殺したい相手でした。それらがもし、私の手で殺せたのなら? そんなに嬉しい事はない。


 寧ろ、「そうしたい」とも思いました。復讐の手が自分にあるのなら、「それ」をやるのが人間でしょう? 「それ」に免罪符が渡されるのなら、躊躇いなくやるのが人間でしょう? 普通の人間には分からないかも知れませんが、この時の私にはそう思えて仕方ありませんでした。


 私は「ニヤリ」と笑って、魔王の顔を見ました。魔王の顔はやっぱり、私と同じように笑っています。


「います」


「どれくらい?」


「たくさん」


「そうか。なら?」


「もちろん、討ちますよ? それが許されるのなら」


「すべてが許される。お前は今、そう言う立場になっているんだ。コイツ等のご主人様になる事で」


「なるほど」


 そう言う事なら。


「頑張ります」


「頑張る?」


「いえ、殺ります。殺って、殺って、殺りまくります。あんな汚れた連中は、戦争だろうと何だろうと生きていちゃいけない。あんな連中は、今すぐにでも殺すべきです」


 魔王は、その言葉に微笑んだ。その言葉にまるで、無上の喜びを得るように。


「傲慢だな。でも、『それ』が美しい。傲慢の上に善意を被せるのは、人間の最も醜い悪だ。お前には、その悪がない。それゆえに美しい」


「魔王、様」


「魔王でいいよ?」


「なら、魔王さん」


「うん?」


「私、行きます。これはきっと、私にしかできない事だから」


「そうか。それなら」


「はい!」


「好きにやれ。ただし」


「ただ一人、この少年にだけは気をつけろ」


「この少年?」


「ああ、『フカザワ・エイスケ』と言う少年。そいつとだけは、できるだけ戦わない方がいい。そいつは、文字通りの余所者。違う世界から来た、言葉通りの悪魔だからな」

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