第112話 帰れない町 11

 黒幕の力は、分かった。だが、それを打ちやぶる術がない。カーチャを救いだす手立ても、今のところはまったくなかった。正に五里霧中の状態である。分かっていても、どうにもできない状態。今の状況に苛立って、部屋の中を歩いたり、自分の頭を書いたりしている状態。俺達は今、そう言う状況に立たされていた。自分の剣を撫でていたクリナも、悔しげな顔で「本当に参ったわね」とつぶやいている。「見えない相手と戦うのは」と。彼女は周りの少女達と同じく、自分の非力さに苛立っては、悲しげな顔で部屋の天井を見あげていた。「こんなにも辛いなんて」

 

 俺は、その言葉に眉を潜めた。その言葉が本当に悔しかったからだ。自分達のやるべき事は分かっているのに、それを行動に移せない。仮に移せたとしても、今の状況がさらに悪くなるかも知れない。彼女は何らかの理由で、敵の罠に掛かってしまった。それが相手の故意か過失かは分からないが、その罠にすっかり嵌まってしまったのである。

 

 おそらくは、夜の町を歩いている時にね? それをあまり考えたくはなかったが、それが「最も現実に近い想像である」と思った。この想像から逃れるためには、二つの問題を解かなければならない。黒幕の正体を暴いて、その力を止める事。それさえできれば、カーチャも絶対に帰ってくる。その生命がもし、敵に奪われていなければ。それが止められた時点で、彼女もきっと戻ってくる筈だ。「うん」

 

 俺は自分の顎から手を放したが、その瞬間に驚くべき事が起こった。俺がまったく考えていなかった事。周りの仲間達もまったく考えていなかった事が、俺達の目の前で起こったのである。俺は部屋の出入り口に行って、その人物をマジマジと見てしまった。


「カーチャ?」


 どうして? いや、「どうして?」と言うのはおかしいか? それでは彼女が最初から帰ってこない、生死不明の状態が前提になってしまう。気持ちの内では「絶対に生きている」と考えていたのにね。だがそれでも、この登場は予想外だった。彼女は居なくなる前と同じ格好、同じ口調、同じ表情で、俺達の顔を見わたしていた。


「ただいまワン!」


 おお、声も元気だ。どこか疲れたようなところは見られるけど、それもやっぱり自然な感じである。ずっと歩いていた旅人が、ようやく休めたような雰囲気が感じられた。彼女の主人たるティルノが、彼女の身体を抱きしめた時も同じ。ただ、そのご主人に「ティ、ティルノ、痛いワン」と言っているだけだった。カーチャは主人の「心配したんだから!」に「ごめんなさいワン」と応えて、周りのみんなにも「ご心配をおかけしましたワン」と謝った。


「でも、もう大丈夫! あたしは、ほら?」


 スラトさんは、その言葉を遮った。それが別に聞きたくなかったわけではないらしい。彼女は外の事を考えて、部屋の中に彼女をすぐさま入れたかったのだ。遮音の役目を担っていたニィも、彼女と同じような反応を示していたし。彼女達は外の様子を一応確かめて、部屋の扉をすぐに閉めた。


「とにかく無事でよかったよ。それで?」


 スラトさん、何か怖いです。それを見ていたヒミカさんもまた、彼女と同じような表情を浮かべていたしね。ヒミカさんの隣に立っていたコハルさんも、カーチャの事をじっと眺めていた。


?」


 その質問にはたぶん、様々な意味が含まれていたのだろう。それらをすべて察するのは難しかったが、部屋の中をしんとさせるには十分な力があった。カーチャは「それ」にうつむいたが、やがて「色々と分かったワン」と応えた。


「悪い奴の正体は、ここの領主だワン」


「領主? あのヘラヘラした少年」


「うん。アイツが、町の人達を操っている。アイツはよく分からない力を使って、みんなの頭を弄くっているワン」


 恐ろしい話だった。少々疑わしい部分はあるけど、それが事実なら本当に怖い話だろう。ここの領主は洗脳か何かの力を使って、町の人達を操っていたのだ。おそらくは、この町を訪れた冒険者達も含めて。だが、そう考えると……。


「ならさ」


 そうだ。


?」


 その可能性もある。彼女がもう、そいつに操られている可能性も。彼女は領主の手下らしき者に捕まって、その洗脳術を受けたかも知れないのだ。


「あたしは、操られていない」


「その証拠は?」


「な、ないけど! それでも、操られていないワン! あたしは、領主の館に行っただけで」


「館の中に入れたの?」


「う、うん、何とか。入れそうな場所を必死に探して」


「ふうん、そう。それで知ったんだ、アイツが『黒幕だ』って事に?」


「そう! アイツは町の中で怪しそうな奴、自分が今まで見た事のない人を見つけると、自分の部下に命じて、その人を捕まえさせるワン。その人が、町の正体に気づく前に。相手の口を封じてしまう。あたしはたまたま……館の中にはそう言う部屋があるみたいで、その場面を見ちゃったけど。アイツは、本物の鬼畜だワン! 絶対に許しちゃいけない!」


 カーチャは真剣な顔で、周りの俺達に叫んだ。その淀んだ、どこか虚ろな瞳を潤ませて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る