第111話 帰れない町 10

 夕暮れは、いつも寂しい。小さい頃もそう思っていたが、今でも時々そう思っていた。地平線の彼方に太陽が沈む光景が、周りの闇が深まるあの感覚が、自分の胸をどうしても締めつける。それに「抗いたい」と思っても、過ぎ行く昼の感覚にどうしても締めつけられてしまうのだ。特に今日のような場合では、それが一段と強くなってしまう。


 俺達はまだ、カーチャの居場所を見つけられずにいた。別れて捜していた仲間達ともまた会ったが、そこから得られた情報は本当に無かったし、「もしかしたら?」と思われる情報もまた、どこか疑わしいモノだった。「そう言う女の子は、世界中にどこでもいるからね?」と言う情報。少女達はなおも彼女の情報を捜しつづけたようだが、俺との約束もあったので、約束の時間にまた、集合場所である宿の部屋に戻っていた。「おかしいよ? 町の中をこんなに調べたのに!」

 

 シオンさん、その気持ちは分かります。確かにそうだ。「すべてではない」とは言え、町の中を一応は調べたのだから。何の情報も出てこないなんて、ありえない。あるいはありえなくても、何らからの手がかりは見つかる筈だ。これだけ多くの人から見られないのは、(様々な偶然が重なったとしても)それだけ奇跡に近いのである。百人中、百人が「知らない」と答えるのは、どう考えても異常な事だった。それなのに、なぜ? 「う、ううう」

 

 俺達は、そんな疑問に首を傾げつづけた。疑問の内容が怖い事もあったが、何よりも不気味な雰囲気、この何とも言えない感覚が恐ろしかったからである。得体の知れない者に狙われている感覚が。俺達は部屋の壁に寄りかかったり、部屋の中を歩きまわったり、椅子の上に腰かけたり、自分の顎をつまんだり、仲の良い相手と寄りそったりして、この見えない不安に抗いつづけた。そんな時に一言、バヤハさんがこんな事をつぶやいたものだから……。


「もしかして、?」


 その場が、一気に凍りついてしまった。彼女は自分の盾に寄りかかっていたが、それが一種の恐怖心をあおったようで、盾の表面をそっと撫ではじめた。


「その、気になる事を調べている時か。そうでなきゃ、調べあげた時にさ。『お前は、俺達の秘密を知ってしまった』って。こう」


 カーチャが彼女の背中から何者かに襲われる光景。自分の腕で、それを表すバヤハ。バヤハはその光景を表して、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔はみんな、その光景に強ばっている。おそらくは、その光景に怯えているのだろう。特にティルノは自身の恐怖とカーチャの想像とが合わさって、それが何倍にも増しているようだった。


「あの子はたぶん、見ちゃいけない物、知っちゃいけない事を」


 それを遮ったティルノの声は、声よりも悲鳴に近かった。ティルノは自分の両耳を塞いで、その場にサッとしゃがみこんだ。


「やめて!」


 少しの間。そして見える、彼女の涙。その二つが、とても苦しかった。


「聞きたくない! 聞きたくないです! こんな」


 リオは、その言葉を遮った。こう言う話には多少の免疫がある彼女ではあるが、その言葉はやっぱり辛かったらしい。ティルノが「リオさん」と泣きじゃくった時も、それを責めるどころか、彼女の肩に手を乗せていた。リオは穏やかな顔で、彼女の背中を撫ではじめた。


「希望を捨てちゃいけない」


「え?」


「あたしは一度、絶望に落ちた。絶望に落ちて、その底から救われた。貴方の親友もきっと、救われる。あたし達には、頼れる魔術師がついているんだから。ね?」


 その対象はもちろん、俺である。彼女は「ニコッ」と笑って、俺の顔に目をやった。


「ゼルデ」


「分かっている。カーチャの事は、絶対に探しだすよ。カーチャは、俺達の大切な仲間だからね。大切な仲間を見すてるわけにはいかない。それに今回の事件は」


「うん、絶対に繋がっている。この町の秘密に。この町は、旅人の存在を消す力か」


「あるいは、それを覆いかくす力がある。そんな事をして一体、何になるのかは分からないけど。この町には、それがずっと隠れているんだ。まるで自分の匂いに誘われてきた……」


「ゼルデ?」


「ああうん、ごめん。ちょっと気になる事があって」


「気になる事?」


「匂い」


「匂い?」


「この町にはたぶん、カーチャにしか分からない匂いがある。いや、正確には漂っているか? その正体は分からないけど、何らかの異常物質が漂っているんだ。冒険者の結束を狂わせる、謎の」


 そこに割りこんだトモネさんもまた、その言葉に引っかかっていたらしい。彼女は人差し指に自分の鞭を絡ませていたが、それをサッと解いて、俺達の方に向きなおった。


「ミュシアちゃん、だっけ?」


 それに「うん」とうなずく、ミュシア。彼女は自分がほとんど話した事もない相手にも関わらず、穏やかな顔で相手の顔を見かえした。


「なに?」


「『相手のスキルを見やぶれない時』ってあるの? 魂のほら? 『殻の内側に隠れている』って奴」

「基本は、見やぶれる。でも、ある条件を満たしている時は」


「『見やぶれない』ってわけね? その条件は?」


「魂それ自体が謝った情報を伝えている場合。私のスキルは、魂の裏に隠れている本質を見ぬく力。正しい状態にある魂から、その正しい本質を見ぬく力。魂自体が己の正体を偽っていた時は、私の力でもそれを見やぶれない」


「そ、それじゃ」


 うん、彼女も気づいたようだね。俺も、今の言葉で気づいたし。それがきっと、今回の時間に繋がっている筈だ。カーチャがなぜ、突然にいなくなった理由も。俺達は互いの顔を見あったが、そこから先は俺が引きついだ。俺は真面目な顔で、ミュシアの顔に目をやった。彼女の顔はやっぱり、こんな時でも落ちついている。


「ミュシア。君もたぶん、『気づいている』と思うけど。この町は」


「黒幕の正体は、分からない。でも、その大半が操られている。黒幕の力で、その魂を書きかえられて。偽りの情報を流されている。それがたぶん、ここの真実。カーチャの嗅いだ、匂いの正体」

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