第109話 帰れない町 8

 町の秘密を暴きだす。それは冒険者の浪漫だが、同時に恐怖でもあった。知ってはならない事を知ろうとする恐怖、それすらも超えようとする好奇心。その二つが不思議と絡みあって、何とも言えない感覚を作りだすのだ。それこそ、誰も踏んでいない雪道を踏みしめるように。それが未知なる物である程にまた、あの何とも言えない興奮を感じるのである。


 だが、その興奮も長続きしない。町の中で集めた情報があまりに少なく、そこから推しはかれる想像も曖昧であるなら、その興奮自体が覚めてしまうのだ。それがまるで、ある種の魔法のように。その魔法がふと、消えてしまうように。「好奇心」とはある程度の刺激がつづいてこそ、長持ちするモノなのである。その意味では、今は正に「ガッカリ」と言える状況だった。「一日中調べたのに」

 

 分かった情報は、なし。道行く人達は本当に普通の人達で、たまたま見つけた領主も本当に生身の人間だった。少し小狡そうな少年(ユイリさん曰く)ではあったが、町の人達とも普通に話していたし、それに応える町の人達もまた普通な感じだった。本当にごくありふれた光景、平和な町なら当たり前に見られる光景が広がっていた。それゆえにもう、お手上げである。ミュシアも住人達の「魂」を覗いてみたらしいが、俺のような人間はもちろん、スキルのそれを隠している人間もまたいなかったようで、彼女にしては珍しい弱音すら漏らしている状態だった。「こんなのは、初めて。彼等の魂は、普通の人間その物」

 

 ミュシアは椅子の上に座って、その背もたれに寄りかかった。それを聞いていた俺達の方が、疲れてしまうような溜め息をついて。


「ゼルデ」


「うん?」


「ここは、異常な程に普通すぎる。普通が普通を超えている、まるで普通が普通の服を着ているように」


「う、うん。そうだね」


 そこに割りこんだのは、例の匂いを嗅いだカーチャだった。彼女だけは周りの少女達と違って、ここの異常性を訴えつづけている。「ここは、本当に危ないところだ」と、そう真剣に訴えつづけていた。「アイツ等は、自分を隠すのが上手いだけワン。本当は、そこら中に魔物達が!」


 グウレさんは、その言葉に何度かうなずいた。うなずいたが、それに「確かに」と思っているわけではないらしい。彼女は敷物の上に座っていたが、彼女の顔に目をやると、真剣な顔で自分の足を崩した。


「だけど実際は、そうじゃない。私達も、町の中を歩いてみたけれど」


 それにつづいたアスカさんも、彼女に同意の意を示した。彼女はグウレさんと同じ班だったので、彼女と同じ感想を抱いていたのである。


「あたしも、同じ感想だ。彼等には、何の異常も見られない。道行く人々の視線は時折、感じていたが。それ以外は至って、普通だった。あたしと目が合った武器屋の主人も、特に怪しいところは見られなかったけどね。強いて言うなら、幼い子どもにはじっと見られたが」


 残りの少女達も、その言葉にうなずいた。それ以外の反応が、何もできなかったからだ。彼女達の中に混じっていた俺も、その言葉に「うんうん」とうなずいていたし。挙げ句の果てには、あのミュシアすらも「確かに」とうなずいている始末。


 俺達はただ一人の例外を除いて、「この町の不可思議なところ、その異常性もまるで分からない」と言う結論に至った。だが、それは文字通りの早計だったらしい。翌日の朝、正確には窓の朝日に目が覚めた時だったが、大部屋の中で寝ていた俺達は、その異変に思わず驚いてしまった。


「ねぇ?」


 クリナの声、か? たぶん、そうだろう。彼女の方を振りむきはしなかったが、その怯えきった声で分かった。それにつづいたビアラの声もまた、彼女以上に怯えきっている。


「カーチャは? カーチャは、どこに行ったの?」


 その答えはもちろん、分からない。いや、分かるわけがない。彼女は俺達とずっと一緒だったし、寝る時も一緒に寝た筈だ。部屋の扉にも内側から鍵が掛けられているし、「あれ?」


 そ、そんな、嘘だろう? イブキさんが扉のノブを回してみたら、その扉がギギッと開いてしまった。「と言う事は、つまり」


 彼女は、出ていったのだ。それも、自発的に。彼女が寝ていた敷物の上には、彼女が書いたらしい置き手紙が残されていた。「みんな事を嫌いなわけじゃない。でも、ここはやっぱりおかしいワン! 変な匂いがそこら中からして。だから、ごめんなさい。みんなには迷惑かけるけど、あたし一人で調べてみるワン」と言う言葉と一緒に。


 彼女は自分の疑念がどうしても拭えず、みんなが寝しずまった後に部屋の中からこっそり抜けだして、町の中をまた調べはじめたようだった。それには、流石に驚かざるを得ない。自分の小太刀を撫でていたクウミさんも、それには動揺を隠せないようだった。クウミさんは鞘の中に小太刀を戻して、みんなの前にサッと進みでた。「どうする?」


 俺は真面目な顔で、その質問に答えた。そんなのは、端から決まっている。


「もちろん、追いかけるよ。カーチャにもしもの事があったらいけないしね? それに」


「それに?」


「カーチャの行動はたぶん、『間違っていない』と思うから」

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