第108話 帰れない町 7

 さて、班分けも終わったし。ここから早速、調査開始だ。そんな感じで気合いも入っていたが、その調査方法にまず迷ってしまった。町の黒幕を探すのはいい。探すのはいいが、「それ」をどうやって探すか? 最も簡単な方法は、町の人達から情報を聞きだす。つまりは、情報収集だ。黒幕の匂いこそ漂わせなくても、質問の意図をそれとなく漂わせて。彼等が「それ」に油断を見せた時、あるいは、罠士が罠に嵌まる(※「一流の人間が、その分野で過ちを犯す」と言う意味のことわざ)時を見はからいつつも、「ここぞ!」と言う時に「それ」を使うのである。

 

 犯罪者のそれを暴く、領主様のようにね? 推理と証拠で、相手の秘密を暴きだすのだ。でも、それでも、やっぱり不安である。「ミュシアに真の才能を目覚めさせてもらった」とは言え、頭の方は前と同じままなのだ。同い年の少年達とそう変わりない、等身大の十四才。十四才の頭なんて、たかが知れている。魔法のそれで、何もかもが分かるわけではないのだ。「索敵のスキルを使っても、魔物の反応は感じられないし」

 

 俺は不安な顔で、自分の顎をつまんだ。自分の気持ちを少しでも落ちつかせるように。


「う、ううん」


 ワカコさんは、その言葉に瞬いた。その言葉に「驚いた」と言うよりは、「不思議がった」と言う風に。俺の横顔をマジマジと見ては、自分の正面にまた視線を戻したのである。彼女は俺達の前を歩いている人間、その横を通りすぎていった人間まで、それらが浮かべている表情や仕草、彼等の着ている服や装飾品などをじっと観はじめた。


「ねぇ、ゼルゼル」


「うん?」


「ゼルゼルが使っているスキル、『索敵』のスキルだっけ? それでもやっぱり、分からないの? この町に魔物が潜んでいるかどうか?」


「う、うん。索敵のスキルも万能じゃないけどね、普通なら敵の位置も分かるし」


「その数も、大体は分かる?」


「ま、まあ。遊撃竜クラスになると、少し怪しいけど。上位クラスのモンスターにはたぶん、索敵妨害の結界が張られているから。その発見が少し遅れたり、最悪は発見自体が難しかったりする時もある。黄金龍の時も、そんな感じだったし」


「そっか。それなら」


「そう。今はまだ、分からない。ここにいる人達が果たして、魔族のそれなのかどうか?」


 ワカコさんは真面目な顔で、その言葉に眉を潜めた。まあ、そうなる気持ちも分かる。俺やニィも、彼女と同じような感じだったしね。ここは、「そうなるのが自然」と思った。ワカコさんは自分の武器を弄くって、俺の顔にまた視線を戻した。


「ゼルゼル」


「うん?」


「この町ってさ」


「帰れない町?」


「ここに入った人達が町の中から出てこない、そのままになっちゃうから『帰れない町』って言われているんだよね?」


「そうだよ。棄てられた町が液状生物の巣窟であったように。ここもまた、魔物達の巣窟である筈なんだ。その見かけは、普通の町と変わらなくても」

 

 そこに割りこんだニィだったが、その発言がやっぱり恥ずかしいらしい。俺達二人はまったく気にしなかったが、その声がどうしてもこもっていた。彼女は不安そうな顔で、俺とワカコさんの顔を見わたした。


「て、敵の町には違いない? ゼ、ゼルデ君の索敵に引っかからないだけで?」


「う、うん。今の段階では、そうとしか言いようがない。この人達は、今の段階では人間だ。それも『特殊技能』や『戦闘技術』と言った、専門のスキルを持たない人達。文字通りの一般人。本当のそれは分からないけど、今はそれしか言えないね? だから、困っている」


「どうやって、相手の情報を集めるか?」


「そう、他のみんなも困っていたけど。こう言う場合は、本当に難しいんだ。誰が味方で、誰が敵か分からない状況。敵の根城らしき場所に入ろうとしても、それが徒となってしまうかも知れない状況。今の俺達は真っ暗な中で、一つの光を探しているようなモノなんだ」


「む、難しいですね?」


「うん、本当に難しい。今までの敵はただ、その身体を吹き飛ばせばよかったけど。今回の場合は……。それに」


「そ、それに?」


 その後につづいたのは、俺の左隣を歩いていたワカコさんだった。彼女は俺の意図を察したらしく、それに「ふうん」と笑っては、真面目な顔で俺の顔に目をやった。


「魔物の側も、あたし等の動きを見ているかも知れない?」


「そう言う事。町の出入り口でも、相手には『俺達が敵の冒険者である事』は知られているからね。そのまま放っておくわけがない。敵が自分の領域に入った以上は、何らかの手を打ってくる筈だ。それこそ、俺達の後ろからいきなり」


 なんて事は起こらなかったが、それでも不安な気持ちは途切れなかった。自分達の周りには(たぶん)、敵しかいない。敵しかいない以上、その気持ちにも隙を作ってはいけない。彼等は俺達に「油断がある」と見れば、その刃をすぐに光らせる筈だ。そうさせないためにも、あらゆる神経を研ぎすませなければならないのである。今がたとえ、「町の中を歩いているだけだ」と言っても。露店の前で客引きに勤しむ女性から住家の修繕に励む大工まで、その動きをじっと見つづけなければならないのである。


「だから、調べながら攻める。それしか方法がないからね。相手の動きに応じて、こっちの動きも変える。相手がその尻尾を出すまでは」


「なるほどね。相手があたし等に手を出した瞬間こそ、『その手がかりも分かる』ってわけか? 上手くいけば、相手の捕虜も得られるかも知れない」


「そう言う事。拷問の類は流石にしないけど、工夫次第では相手の情報も聞きだせる筈だ。場合によっては、助けを求める人かも知れないからね」


 そう信じるしかない。だから今は、この調査をつづけよう。そして、この町に隠された秘密を暴きだしてみせるのだ。

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