第106話 帰れない町 5

 計画の内容は、ごく単純。町の住人達を(上手く)騙して、黒幕の情報を(それとなく)聞きだす事だ。これだけの町を作るだけではなく、それを動かしている黒幕ならば、その戦闘能力はどうであれ、相当の統治力がある。あるいは、「統治力がある」と思わせる力がある。自分がまるで、その周りに「神」と思わせる程の。相手は腕力よりも強力な、支配力があるのだ。


 支配が得意な敵を相手にするには、真正面からの力だけではいけない。それを崩すための下拵え、つまりは下準備が必要なのだ。小さい集団が大きな相手と戦う時には、それがどうしても必要なのである。一騎当千で相手の根城を叩けるのは、創作物の主人公しかいない。その意味では、この計画にも意味はあったが……。「でもさ」

 

 ボウレさんは自分の横に武器を置いて、仲間達の顔をぐるりと見わたした。仲間達の顔は「それ」に驚いたようで、彼女の顔をじっと見かえしている。


「ここまで放しておいて、アレだけど。こんか計画、立てなくてもいいんじゃない?」


 少女達は、その言葉に目を見開いた。特に半袖巫女服のコハルさんは「それ」に不服だったようで、彼女の顔をじっと睨みかえした。


「どうして、これだけの人数がいるんだよ? 一人とか二人ならまだしもさ。三十人近くいるんだし、これだけいれば」


「分かっている、分かっているよ? 分かっているけどさ? こう言うのって」


「なに?」


「普通は、町の領主が怪しんじゃない? それ以外の可能性ももちろん、あるけどさ? でも最初は、そいつを調べるがセオリーじゃないの?」


「う、うん」


 確かに言いよどむよね? 俺もたぶん、彼女と同じ反応になる。黒幕がそれ以外にいる可能性もあるが、そこから調べるのが確かにセオリーだった。町の運営に影響力を持つ奴が黒幕なら、その領主が最も怪しいだろう。だがそれもそれで、問題はある。「領主の館に入りこむ」としても、俺達にはその伝手が無いからだ。


 住民の紹介も無い状態で「雇ってください」と言えば、相手は俺達の事を間違いなく疑うだろう。最悪の場合は、その場で殺されるかも知れない。相手はなんたって、その支配力に優れた魔物なのだから。指の一つでも鳴らせば、町中の人達が襲いかかってくるだろう。そうなったら最後、その場から一目散に逃げるしかない。ボウレさんは悔しげな、それでいて悲しげな顔で、武器の表面をそっと撫でた。


「ご、ごめん。余計な事を言った」


 コハルさんは、その言葉に首を振った。彼女もまた、本気で彼女の意見を潰したかったわけではない。ただ一つの意見として、彼女の意見を聞きたかっただけなのだ。コハルさんは「ニコッ」と笑って、彼女の前にそっと歩みよった。


「こちらこそ、ごめんなさい。あなたの気分を害すること」


「うんう、大丈夫。あんたの言っている事は、尤もだから。それを拒むつもりは、ないよ? ただ」


「うん、分かっている。最も怪しいところを調べる手段がない」


 周りの少女達も、それにうなずいた。確かにその通りだ。俺達には侵入の術はあっても、潜入の術はない。領主の口から様々な情報、何らかの手がかりを聞きだして、その黒幕を推理する術がないのだ。推理の材料が無ければ、肝心の秘密も暴けない。この町に眠っている、見るもおぞましい秘密が。この町が「帰れない町」と呼ばれている所以が。


 少女達は暗い顔で椅子の上に座ったり、部屋の壁に寄りかかっていたりしていたが、ヤエさんが周りのみんなに「ねぇ?」と話しかけると、俺も含めた少女達全員が、真面目な顔で彼女の顔に視線を移した。


「どうしたの?」


「今までの話、外の人達に聞かれていないかな?」


 少女達の顔が強ばったのは、その言葉に恐怖を覚えたからだろう。少女達は急いで部屋の扉に走りよったが、笛使いのニィに「だ、だいじょうぶです!」と止められてしまった。「え?」


 ニィは、みんなに自分の笛を見せた。前に亀蛇の素材を使って、強くした自分の笛を。


「この部屋に入る時、遮音の音色を吹いたので。外の人達にはたぶん、今の話は聞かれていない筈です」


 少女達はその言葉にホッとしたが、それとは別の不安を抱きはじめた。音の問題と並んで、外には見られたくない問題をね。


「それじゃ、部屋の中は? 部屋の中にも、ほら? あたし等の様子を見たり聞いたりする、そんな道具が仕掛けられているんじゃない? 宿屋に泊まるのは普通、余所からきた部外者だからさ。部外者の様子は、一番に見なきゃならない事でしょう?」


 そんなダンヌさんの不安は、ミュシアの一言で見事に吹き飛んでしまった。ミュシアは部屋の中を歩きまわると、みんなに「この部屋には、何もしかけられていない」と言って、俺の隣にそっと歩みよった。「相手はたぶん、私達の事を侮っている。あるいは、こう言う事態に慣れている。『どんな手を使われても、最後は自分達の思いどおりになる』と思っている。だから、何もしかけていない」


 ゴルンさんは、その言葉に苛立った。その苛立ちはまあ、俺も分かるけどね。喧嘩っ早そうな連中も、俺や彼女と同じような表情を浮かべているし。


「チッ、舐めあがって。こっちは『いざ』となれば、ここの連中を皆殺しにできるのに!」


「それは、ダメ」


「え?」


「みんながみんな、魔族の手下は限らない。今までこの町に迷いこんだ人達が、その魔族に操られている可能性もある。ここの店主も、そんな人達の一人かも知れない」


「う、うん、分かったよ。でも、最悪の事態になったら!」


 俺は、その言葉にうなずいた。その言葉にあらゆる覚悟を決めて。


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