第105話 帰れない町 4

 帰れない町に着いたのは、それから……何日だろう? 正確な日数がなぜか、数えられない。そこに至るまでの経緯はすっかり覚えていたが、それが目の前に現われた瞬間、日数の感覚がすっかり失われてしまったのだ。それこそ、現と幻とが入れかわったように。理論的な思考がなぜか、感覚的なそれに変えられてしまったのである。


 だから、かなり驚いてしまった。周りの少女達が笑っている中で、その感覚に戸惑ってしまった。「自分は今、とんでもないところに来てしまった」と言う感覚に、そして、「ここから先は、人の住む世界ではない」と言う感覚に。それらが何重にも重なって、俺の思考を縛らせたのである。「くっ!」

 

 俺は仲間の安全を図って、自分が最初に町の中へと入った。町の中は、穏やかだった。その門番には様々な事を聞かれたが、それ以外の事はまったく以て普通。町の中に建てられている民家や商店、領主の館らしき建物や医療施設、その他諸々もごく一般的な物だった。


 町の住民達にはジロジロと見られたけれど、それも余所者を見る目、「怪しい人物ではないか?」と確かめる確認の目でしかなかった。これだけの大所帯を泊めてくれる宿屋も、例の特別料金にオマケしてくれた程で、警戒心のけすらも感じられない雰囲気だった。

 

 俺は、その雰囲気に眉をひそめた。この雰囲気は、あまりにもおかしい。異常な世界が、普通な染料で覆われている。本来なら「異常」と感じられるそれが、普通の装いに誤魔化されていた。まるでそう、町の全体に透明な布を覆いかぶせたように。すべての真実を……そこまで考えた時だったか? 女子達が宿屋の主に連れられた部屋まで行き、その扉を思いきり開けはじめた。「ここが、あたし達の泊まる町かぁ!」

 

 俺は、その言葉に眉を寄せた。その言葉からは、緊張のそれがまったく感じられない。小さい子どもがまるで、自分の親と旅行にでもいったような感じだった。初めて見る部屋に胸を躍らせる感じ、これから起こるだろう事にワクワクする感じ。それが今、彼女達の顔からしっかりと感じられたのである。彼女達は店主が部屋の中から出ていくと、思い思いに好きな場所を選んで、その上に荷物を置いたり、あるいは、寝転んだりした。「いやぁ、それにしても!」

 

 凄く歩いたね。「そう言うのだろう?」と思った俺の予想は、それからすぐに裏切られてしまった。「本当に普通の町だね。町の中にある服屋とか、あたし等の町とまったく変わらないし。あそこまで真似られたら、やっぱり騙されちゃうよ」

 

 俺は、その言葉に目を見開いた。それが、文字通りの衝撃だったからである。


「ふぇ?」


 今度は、俺の方が驚かれた。彼女達からすれば、今の反応が本当に予想外だったらしい。


「何を驚いているの、君?」


 ヒミカさんは不思議そうな顔で、俺の目を見つめた。それが物凄く恥ずかしかったのは、自分が墓場に入っても喋りたくない。


「だ、だって! ほら、みんな」


 スラトさんは、その言葉に溜め息をついた。その言葉に呆れたわけではないらしいが、彼女がクールな性格ゆえにやや冷たい感じだった。


「演技に決まっているでしょう? 町の連中を騙すための、ね?」


 それにつづいたピウチさんもまた、楽しそうなに笑っている。彼女は親友の顔に目をやると、自分は右手でピースサインを作った。


「そう言う事! だってここは、魔族の町なんでしょう? そこの人達とお友達になったら、すっごく危ないじゃん!」


 二人は「クスッ」と笑って、俺の顔に視線を戻した。彼の顔を面白がるように。


「ゼルデ君は、そう考えていなかったの?」


「い、いや! そんな事は、別にないけど。ただ」


 それに応えたのは、例の鎌使いだった。チアは部屋の壁に寄りかかっていたが、俺の反応があまりに面白かったらしく、ティルノの制止を無視して、俺の目をじっと見つめた。


「みんなの反応が、あまりに自然だったから。それに不安を覚えてしまったのね?」


「う、うん、『まさか』と思って。みんながほら、町の中に入った瞬間」


 チアは、その言葉に肩を揺らした。それも、ただ揺らしたわけではない。俺の言葉に対して、腹の底から笑っていた。チアはまた、俺の目をじっと見はじめた。


「ガーウィン君」


「な、なに?」


「悪い女に騙されちゃダメよ?」


「ふぇ?」


「貴方は女たらしのくせに、その女自体には免疫が無いから。悪い女に引っかかるかも知れない。女はね、貴方が思っている以上に嘘つきなのよ?」


 俺は、その言葉に押しだまった……だけではない。周りの少女達が何も言わなかった事にも、驚いてしまった。女性は、俺が思っている以上に嘘つき。俺も今までに色々な女性達を見てきたが、それでもまだ修行が足りなかったようだ。俺は「それ」に唸りながらも、改めて「女の人は、凄い」と思いなおした。


「分かった。これからは、気をつけます」


「よろしい。それじゃ」


 チアは「ニヤリ」と笑って、少女達の顔を見わたした。少女達の顔もまた、彼女と同じように笑っている。それこそ、「やってやるぜ!」と言わんばかりに。


「計画を立てましょうか? 

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