第103話 帰れない町 2

 帰れない町とは一体、何なのか? それは「棄てられた町」と同じ、魔物達にその土地を奪われてしまった町だ。町の周りには城壁が設けられ、その内側にも町が広がっている。町の中には様々な建物、普通の民家から商店、領主の館や病院なども建てられているが、それらが魔族に取られているせいで、人間の町とは違う空気、つまりは異様な雰囲気を漂わせていた。


 昼間には平凡な町にしか見えないがそれが、夜には魔の巣窟に早変わりする。町の住人達が不気味に変わって、その建物達にもまた怪しげな光が照らされるのだ。それこそ、魔族の光が差しこむようにね。昼の疑似餌に掛かった人間達を、夜の本性で食いころしてしまうのである。そこに今、「行ってみよう」と言う話になったが……。「う、ううん」

 

 俺は自分の顎をつまんで、椅子の背もたれに寄りかかった。背もたれの感触は、いつもと同じように心地よい。俺が考え事をするのにちょうどいい感触だった。


「行ってもいいよ? ただ」


 それに答えたのは何人かいたが、俺の最も近くにいたのがヒミカさんだったので、彼女の「ただ?」に「う、うん」とうなずいた。「そこはたぶん、『棄てられた町』と同じくらいに危ないし。フカザワ、ある冒険者は、そこを落とせたらしいけど。俺達には」


 ヒミカさんは、その言葉に押しだまった。その言葉に怯えた、わけではないらしい。それに恐怖を感じて、「う、ううう」と震えたわけでも。彼女はただ、今の言葉に何やら考えているようだった。


「落とせるわ、絶対に。だって、これだけの人数がいるのよ? それも、その全員が強者と来れば。その成功率も、ぐっとあがる筈。私は、みんなの力を信じているから。あの戦いを見ればね?」


「ああうん、確かにそうだけど。それでも」


「うん?」


「やっぱり、不安だよ。帰れない町は、黄金龍とは違う。単体の怪物とは違って、それ自体が巨大な怪物なんだ。町の中に入りこんだ獲物を捕らえる、『町』と言う名のモンスター。『土地』と言う名の獣。『そこに攻めこむ』となれば、かなりの準備が必要だよ。町の中に入ったって、そこでの情報収集も怠られない。最悪の場合は、町の住人全員と」


 そこに割りこんできた、クリナさん。彼女は今の言葉に闘志を燃やしたらしく、真剣な顔でテーブルの上を叩いた。お、おい、そんなに叩くなよ。周りの冒険者達が、驚いているではないか。


「いいじゃない、別に戦ったって」


 それにつづいたビアラもまた、その言葉に「うんうん」とうなずいていた。君達、すげぇやる気満々だね。


「ようは全員、そいつらを倒せばいいんだからさ。みんなでやれば、やれない事はないでしょう?」


 ヒミカさんは、その言葉に微笑んだ。その言葉に感銘を受けて、彼女達に親近感を覚えたらしい。三人の少女が互いの目を見あう姿は、様々な戦場を駆けた兵士のそれだった。


「君達、話が分かるわね」


 クリナも、その言葉に微笑んだ。ああもう、すげぇ嬉しそう。


「当然よ! アタシも、冒険者なんだから。冒険者なら、危険を冒してなんぼでしょう?」


 ビアラも、その言葉につづいた。それはもう、踊るような表情で。


「うんうん! この拳は、敵をぶん殴るためにあるんだし!」


 二人は互いの顔を見あって、その表情に「ニコッ」と笑いあった。それだけでも楽しげな雰囲気だが、そこに例のボーガン部隊が加わったのならもう、ある種のお祭り騒ぎである。彼女達は「それ」が見せる雰囲気通りに戦い好きなようで、ボウレさんはもちろんの事、残りの少女達も同じように「そうだ! そうだ!」と叫びだしてしまった。「帰れない町だろうが、眠れない町だろうが、そんなのはあたし等に関係ない。あたし等は、目の前の敵を撃ちぬくだけだよ!」


 俺は、その言葉に怯んだ。残りの少女達も(一部の面子を除いて)、俺と同じような表情を浮かべている。俺達は血気盛んな少女達に驚いていたが、店主が俺の耳元に「すいません。他のお客様のご迷惑にありますので、少し」と囁いたので、その言葉にすぐさま「ご、ごめんなさい!」と謝った。これは、確かに騒ぎすぎかも知れない。


「す、すぐに止めますので!」


 俺はあわてて、彼女達のところに駈けよった。そして、はぁ……。それからの事はまあ、いろいろと省こう。結果から言えば、彼女達の事は(一応)止められたのだからね。町の宿屋に彼女達を連れていけた事だけでも、万々歳だ。俺は宿屋の大部屋を選んで、その特別料金を活かした。ある一定の人数以上が泊まれば、その宿泊費が安くなるオマケを。


 俺は女子達がワイワイ騒ぐ大部屋の隣で、椅子の上にそっと座りつつも、真面目な顔で窓の外を眺めはじめた。窓の外には夜が、曇った夜景が広がっている。空の月はもちろん、その周りに散らばっている星々も見えない、どこか黒ずんだ夜景が広がっていた。


 俺は「それ」をしばらく眺めていたが、「帰れない町」の事がふと思いうかぶと、その想像にとても苛立ってしまって、ベッドの上に寝そべった時はもちろん、そこから部屋の天井を見あげた時も、複雑な顔で自分の髪を掻いてしまった。

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