嬢5話 悪役令嬢への道 5(※一人称)
悪役令嬢。それは宮廷演劇で使われる蔑称、女性の役者に使われる専門用語です。主に不人気の役者に「解雇通告」として使われる隠語、つまりは最も嫌われる言葉でした。これを言われた役者は、文字通りの解雇。自分の荷物やら何やらを纏めて、その役者部屋から出ていかなければなりません。本当に不名誉な言葉です。
貴族の中には「それ」を笑う人もいましたが、私には「それ」がどうしてもできませんでした。あの悲しげに舞台から降りていく表情、振り向きざまに見られる両目の涙。それが舞台の明かりに照らされて、哀愁の美を残していくのです。「あの子は、醜い」の言葉と共に。彼女が歩んできたであろう人生、その魂を踏みつぶしてしまうのです。
私は、その光景が嫌いでした。嫌いな上に憂鬱でした。いつも、いつも、同じ型ばかりが繰りかえされて。「飽き」よりも先に「苛立ち」を覚えてしまったのです。「どうして、悪役令嬢だけが?」と言う風に。悪役令嬢の扱い自体に苛立ちを覚えてしまった。
主人公の善(と言う名の独善)を引き立たせるために、「悪」の名前がつけられた令嬢。普通の人間ならまず陥らない、「打算の恋」にだけ囚われた女性。彼女達は決まって悪になり、勧善懲悪の剣に狩られて、その生命をいつも奪われていました。それが悲しくて仕方なかった。善の快楽を満たす事だけに作られ、それを演じなければならない役者が。
それに喜んでいる女性達が、それよりもずっと醜い現実が。永遠と続く波のように押しよせて、私の胸をいつも締めつけていました。「彼女には、懺悔の時間すら与えられないか?」と。「徹頭徹尾、人間の悪を表さなければならないのか?」と。女性達の爽快感を覚える中で、それにずっと苦しんでいたのです。彼女は貴方達の、爽快感の餌ではないのに?
「どうして?」
彼女達だけが? そして、この私までもが?
「その悪役令嬢にならなければならないのですか?」
人間の偽善が生みだした、
「どうして?」
魔王は、その言葉に「ニヤリ」としました。まるで私の心を見すかしたかのように。不気味な笑みを浮かべたのです。彼女は私の周りをしばらく歩くと、その背後にスッと止まって、私の首に両腕を絡ませました。その時に感じた冷たい感触は、どう足掻いても忘れられません。
「簡単だよ。お前が、それに相応しいからだ」
「私が、それに、相応しい?」
「そうだ。お前こそ、その悪役に相応しい。『人間』と言うモノに失望を、あるいは、憎悪を抱いている。魔王のあたしからすれば別だが、人間の目から見れば……フフフ、どう見ても悪役令嬢じゃないか? 人を恨み、人から恨まれる者。お前は、この世界を壊したくて堪らないのだろう?」
私は、その言葉に押しだまった。それが私の本音、つまりは本当の気持ちだったからです。自分にもし、特別な力があったなら? その力を使って、この世を壊したい。人の闇が渦巻く世界を終わらせたい。私は神でも何でもありませんが、心の底から湧きあがるそれは、間違いなく破壊願望でした。「こんな世界は、無くなった方がいい」と言う願望。「世界のために人を滅ぼさなければならない」と言う邪念。それらが濁流となって、私の中にうずまいていました。今も昔も変わらず、そして今も。
そう考えたところでふと、今までにない感情が生まれました。今までには感じなかった感情、この状況に「好機」を感じる感覚。そんな感情がふと、私の中に芽生えたのです。「これはもしかすると、千載一遇の好機なのではないか?」と。「魔王の力を使えば、この世界もすぐに殺れるのではないか?」って。私は「それ」に胸を躍らせましたが、魔王には「それ」がどうやら筒抜けのようでした。
魔王は「ニヤリ」と笑って、私の顔をまじまじと見ました。
「やはりな。あたしの目に狂いはない。お前はやはり、悪役だよ。人間の世界に災禍をもたらす悪。邪なる女」
「いいですね、それ。私が人間の世界を脅かす。私はきっと」
「そうか。なら、力を返してやろう」
「え?」
「嫌か?」
「まさか」
嫌なわけがありません。これは、最高最大の慈悲です。今までの不幸を慰める程の。それを断るのは、流石に「野暮」と言うモノです。私は「ニヤリ」と笑って、魔王の顔を見ました。魔王の顔もまた、私と同じように笑っています。
「よろしくお願いします」
「ああ。それじゃ、早速」
おお、これが指鳴らし。右手の親指と中指が当たって、心地よい音が響きました。
「お前には、あたしの部下をやろう」
「
「ああ、くれてやる。その方が色々と面白そうだからね」
「面白そう?」
「ああ。人の闇を嫌うお前が、コイツ等をどう扱うか?
「さ、三十名! そんなに?」
「不服か? お前等の言葉で言えば、
「ふ、不満はありません。でも」
「大丈夫だ。美は、意外と慣れるモノ。最初は戸惑うだろうが、すぐに心地よくなる筈だ」
魔王は「ニヤリ」と笑って、部屋の奥に目をやりました。部屋の奥には、いつの間に現われたのでしょう? 見目麗しい少年達が、私達の事をじっと見ていました。魔王は彼等に微笑んで、その一人一人を眺めはじめました。
「お前達、よく聞け。今日からは、彼女がお前達のご主人様だ」
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