第101話 黄金の龍、弱者の抵抗 10

 渾身の一撃。いや、「魂の一撃」と言った方が正しいか。それ程に強い一撃だった。自分の生命が懸かっている一撃、仲間達の命運が懸かっている一撃。それを今、この一撃に込めたのだ。相手の身体を貫くようにね、その正面に杖を向けたのである。俺は、黄金龍の身体を貫いた。それも、サックと軽やかにではなく……とんでもない反動を受けながらも、黄金龍の身体を少しずつ切りさいて、その肉をすっかり削ったのである。

 

 俺は金色の花びらに胸を打たれたが、それが天の世界に帰っていくと、その光景に不思議な感動を覚えて、地面の上に降りたった後はもちろん、それから仲間達の方を振りかえった後も、間抜けな顔で彼女達の顔を見つづけてしまった。


「俺は」


 勝ったのか? あの化け物に? 黄金の龍に? みんなの力を借りて、この奇跡を起こし……。そう思いかけた時だった。仲間達が俺の方に駆けよって、その身体に思いきり抱きついてきた。俺が「それ」に驚いている事はもちろん、その感触や匂いにも戸惑っている事など知らずにさ。


 俺の頭や胸を撫でては、嬉しそうに「よかった」と笑っていた。「ゼルデが死ななくてよかった」と、そんな風に喜んでいたのである。当の本人は、それどころではないのに。彼女達は自分が年頃の少女である事、そして、俺が年頃の少年である事も忘れて、俺に自分の身体を当てつづけていた。


「わ、分かったから! それ以上は、もう」


 色々な意味で、危ない。俺の本能が、爆ぜてしまう。普段は意識の外にある、「男」としての本能が。それが爆ぜてしまったら、夜の薪に火を点けてしまう。そうならないためには、俺の身体から彼女達を何とか離さなければならない。そう思って、彼女達の身体を「ご、ごめん」と離した。「べ、別に嫌とかじゃないから!」


 俺は息を一つ吸って、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔はやっぱり、嬉しそうに笑っている。特にリオは、その両目に涙すら浮かべていた。


「ありがとう。みんなのお陰で、ここにいるみんなのお陰で、あの化け物を倒す事ができた!」


 それがまた、別の歓喜を生みだした。それも、先程までとは違う歓喜を。今までは俺達の事を眺めていたそれらが、ある種の興奮を伴って、俺の身体をまた撫ではじめたのである。彼女達は名前のそれもほとんど分からない状態で、今の勝利を心から喜んでいた。


「さっきの、本当に凄かったよ」


 そう言ってくれたのは、ボーガン部隊(俺が勝手に名づけた)の少女達だった。彼女達は俺の突撃に興奮を抑えられないようで、俺の胸に何度も拳を当てつづけた。それがちょっと痛かったのは、俺だけの秘密にしておこう。


「あのデカ物を貫いちゃうなんてさ。本当に」


 それに続いたのは、飛行部隊の少女達である。彼女達は地上の上に降りたった後も、穏やかな顔で俺の事を眺めていた。


「驚きだね。あたし達の切り札でも、倒せなかった相手なのに」


「そんな事は、ないよ。君達がもし、あの怪物を弱らせてくれなかったら。俺もたぶん、アイツの事を倒せなかっただろうし。その意味では」


 そう、彼女達も同じ。東方の少女達も、その功労者だった。彼女達がアイツの事を弱らせてくれなかったらたぶん、俺もアイツの身体を貫けなかっただろう。その意味では、彼女達にもお礼を述べなければならなかった。俺は少女達の方を向いて、彼女達の全員に頭を下げた。


「ありがとう、本当に! 俺達の事を助けてくれて」


 その返事は、「うんう」だった。「困っている時は、お互い様だ」と。「私達も、君と同じ冒険者なのだから。同じ冒険者なら、それを助けるのは当然だろう?」ってね。それを聞いている俺が思わず泣きたくなるような事、その厚意に胸が打たれるような事を言ってくれた。


 彼女達は互いの顔を見あうと、嬉しそうな顔で「ニコッ」と笑いあった。「君もたぶん、私達を同じ人種である筈だ」

 

 それにうなずいたのは、旅芸人風の少女達だった。彼女達もまた、今の少女達と同じような価値観を思っているらしい。少女達は自分の道具をしばらく弄っていたが、服の中にそれらを仕舞うと(そう仕掛けがどうやら、服の中に仕込まれているらしい)、目の前の俺に「クスッ」と微笑んだ。


「あたし達も、同じかな? 人の泣き顔を見るよりは、人の笑顔を見る方がいい。人の笑顔を見ると、自分も元気になるからね? 笑顔は、人を幸せにする。あんたもたぶん、そんな感じの人でしょう?」


 俺は、その質問にうなずいた。それを否める理由がなかったから。俺も、笑顔の方がずっと好きだった。俺は改めて、少女達の顔を見わたした。その全員にまた、そのお礼を述べるために。


「今回はその、本当にありがとう! 窮地のところを助けてくれて、本当に!」


 その返事はまた、「うんう」だった。この子達、本当に良い人すぎない?


「名前は?」


「え?」


「あなたの名前は?」


「ゼルデ・ガーウィン。元々は、剣士だったんだけど。今はこうして、魔術師をやっています。彼女が」


 そう言って俺が微笑んだ対象はもちろん、俺の隣に立っていたミュシである。彼女もまた、俺と同じような表情を浮かべていた。


「俺のスキルを、真の最強技能を目覚めさせてくれたから。『スキル死に』が起こった俺の」


 少女達は、その言葉に目を見開いた。特に「スキル死に」の部分にはとても驚いたらしく、俺が彼女達の反応に瞬いている間も、真面目な顔で俺の事を見ていた。彼女達は「に」とつぶやいて、俺の顔をまじまじと見つづけた。

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