第100話 黄金の龍、弱者の抵抗 9

 空に生きる人々は果たして、それが神に抗えるのだろうか? その答えはたぶん、誰にも分からない。今の今、あの怪物と戦っている彼女達にも。おそらくは、ずっと分からないだろう。地上からそれを眺めている俺達にも分からないのだからね、当の彼女達にもきっと分からない筈だ。彼女達は、必死に戦っている。自分達の武器を使って、天の神に抗っている。空と空の間に綺麗な流線を描いてね、激しい空中戦を繰りひろげていた。それこそ、自分自身が風になったかのように。


 だが、それでも厳しい。彼女達も決して弱くなかったが、相手の方がそれ以上に強かった。あらゆる攻撃が、相手の風圧に防がれる。あらゆる罠が、相手の威圧に飛ばされる。それが何度も繰りかえされ、彼女達が「それ」に疲れはじめた時にはもう、黄金龍の術中にはまっていた。黄金龍は空中の一点に彼女達を集めて、その一点に稲妻を叩きおとした。

 

 少女達は、その雷撃に怯んだ。雷撃の威力があまりに凄まじく、少女の一人が仲間達に向かって「散開!」と叫ばなければ、その雷撃をすべて食らうところだった。彼女達はそれぞれに舌打ちしつつも、悔しげな顔で黄金龍の周りに散らばった。


「化け物が!」


 そう叫ぶ彼女達の気持ちは、痛い程に分かる。コイツは、確かに化け物だ。俺達の攻撃を跳ねかえす、文字通りの神獣。神の獣。それと今、無謀にも戦っているのだ。


「こうなったら仕方ない。みんな、を使うよ?」


 奥の手? それは、一体? そう考えていた時に現われたのは、鋼鉄の長い棒だった。それは彼女達が魔法で出した物らしく、彼女達が「使える数は、限られているから」とか「無駄遣いは、しないようにね」とか言うと、棒の後ろから火が噴きだして、それが一種の推進剤になり、黄金龍の身体に向かって勢いよく進みだした。「いけ!」


 彼女達は、棒の動きをじっと見はじめた。その動きがどうやら、どうも気になるらしい。


「当たれ!」


 当たった。それも、爆発を伴って。棒達は黄金龍の身体に当たると、真っ赤な炎をあげて、その表面に火傷を負わせた。その光景は本当に異様だったが、黄金龍には確かな効き目があったらしく、今までは無表情だったが黄金龍が、その爆発に苦痛らしきモノを見せはじめた。


「よし!」


 そう、喜ぶ彼女達。地上の俺達もそれと同じような感情を抱いたが、黄金龍がまた攻めはじめると、今までの気持ちを忘れて、その光景に拳を握りしめた。……やっぱり、ダメなのか? これだけの力を合わせても、アイツにはまだ通じないのか? 彼女達が「奥の手」と言った、あの武器を使っても。アイツはやっぱり、規格外の強さなのか? 


 そう落ちこんだ俺達だったが、「黄金龍がまた地上に降りたった」となれば、その気持ちもすぐに忘れなければならなかった。落ちこんでいれば、奴の攻撃を食らってしまう。そうなったら、死んだと同じである。こんなところで死んだら、天国のみんなにもうしわけない。

 

 俺は周りの様子を確かめて、それから頭上の黄金龍に砲撃を撃った。「今度はたぶん、躱されないだろう」と。だが、その考えは甘かった。確かに当たる事は当たったが、ダメージが少ない。黄金龍の身体をいくらか傷つけただけで、致命傷の域にまったく達していなかった。


 俺は、その事実に苛立った。苛立った上に自分の魔力、その残量にも腹立った。あの町で記録帳を買って以降、それに自分の魔力量を記してきた俺だったが、その内容と照らしあわせてみても、あの黄金龍を倒すためにはかなり足りない、やれても精々、あと一、二回が限度だった。


「くそっ!」


 くそ、くそ、くそ。


「くそっ!」


 こんなに悔しいのは、初めてだ。「目眩」と「怒り」とが、同時に襲ってくるような感情。自分の無力さに打ちひしがれるような感情。それが自分の中に取りまいて、頭の方もよく回らなくなった。挙げ句には「この戦いはきっと……いや、絶対に勝てない」と、そんな感情すらも抱いてしまう始末。俺は自分の頭を掻いて、右手の拳を握りしめた。


「俺達は」


 負けないわ。そう応えたのは、東方の衣装をまとった少女達だった。彼女達は黄金龍の状態を見た上で、そこから一種の作戦を立てらしく、敵の周りに結界を張っては、例の二人が何やら呪文を唱えて、その力をじわじわと弱らせはじめた。「気を抜いちゃダメ。この呪術も、長くは持たない」


 俺は、その言葉に目見開いた。その言葉が意味するところをすぐに察したからだ。彼女達もまた、黄金龍との戦いでボロボロだったからである。紅白の衣装は見事に擦りきれていたし、そこから見える肌も傷だらけ。太刀、小太刀、長巻を使っている少女達の姿も、雷撃の攻撃が生んだ余波で、その服が見事に擦りきれていた。その隙間から見える肌にも、痛々しい傷が見えている。彼女達はみな、文字通りの満身創痍だった。


「なら」


「そう、『一撃で仕留めない』といけない。君に今、その力はある?」


「あるよ、なんとかね。でも」


「失敗の事は、考えない」


「え?」


「君はただ、アイツの討伐だけを考えて」


「そうだ」


 確かにその通りだ。俺が今、考える事は一つ。目の前のアイツを倒す事だけである。


「うん!」


 俺は残りの魔力を使って、例の覚醒状態になった。

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