第95話 黄金の龍、弱者の抵抗 4

 最悪の再戦だ。一体ずつなら何とかなつかも知れないが相手が、四体同時にまた現われたからである。黄金龍の玉に導かれて、この場にすべてが呼びだされたのだ。まるで司令官の指示に従う雑兵、一般兵のように。司令官の指示で、戦場に馳せ参じたのである。こうならったもう、地獄も同然だった。「数の上では、こちらの方が上まわっている」と言っても。その戦力差が、あまりに違いすぎる。戦力の分散で、どうにかできる相手ではない。一対複数でも、厳しい相手だ。そんな相手が今、俺達の前に現われている。彼等は指令たる黄金龍の指示に従って、ある者は攻撃側に、またある者は守備側に回っていた。

 

俺は、その光景に眉を揺らした。これはいくら何でも、厳しすぎる。あの砲撃魔法を使えば、何とかなるかも知れないが。遊撃竜は炎鳥と連携、刃虎も亀蛇と力を合わせて、陸と空の両方を制していた。そうなったもう、あの砲撃魔法も当てようがない。白魔道士であるリオの捕縛魔法も、亀蛇以外の怪物を捕らえられないようだった。その亀蛇自体すらも、その捕縛魔法を解いてしまう始末。黄金龍に呼びだされた怪物達はどうやら、その潜在能力が(たぶん、無理矢理に)引きあげられているようだ。今までは通じていた筈の攻撃を弾いて、その攻撃にそれぞれが反撃を加えている。彼等は俺達の上から下から横から自由に襲いかかっては、こちら戦力をごっそり削ってきた。


「くそ!」


 これでは、防戦一方。アイツ等にも、やられるがままだ。せっかく造ったニィさんの笛や、ソワさんの修道服も、彼等の前ではほとんど役立っていない。炎鳥の風圧に音波が遮られ、修修道服も遊撃竜の火炎に脅かされている。正に万事休すの状態だった。ミュシアが使ってくれる透明化のスキルも、「仲間の致命傷を避ける最終防壁」としか役立っておらず、彼女が少しでも気を抜いたり、相手の行動を先読みできなかったりすれば、その生命が本当に危なくなってしまった。


俺達が今、こうし戦っていられるのは……悔しいが、彼女のお陰である。彼女がもし、敵の攻撃にやられてしまったら? 間違いなく全滅だろう。俺の強化魔法を受けているクリナも疲れているし、シオンも相手の身体に矢を当てられていない。普段なら百発百中であるマドカの隠密攻撃も、ここではまったく役立っていなかった。ビアラやチアの方も、彼女達と同じような感じ。あらゆる物理攻撃が、見事に弾かれている。彼女達は明らかに「自分の死」を感じる顔で、相手の攻撃に何とか耐えていた。「チッ!」


 その舌打ち、分かるよ。誰がしたのかは、分からないけどね。俺も思わず、それにつづいてしまった。目の前の状況に苛立つあまり、そして、自分の非力さに苛立つあまり。ある一瞬には、その落ちつきさえも忘れてしまったのである。


 俺は例の覚醒状態、槍の魔法を使った。強化魔法のそれすら超える、とんでもない魔法を。この魔法を使えば、この忌々しい奴等もすぐに蹴散らせるだろう。この切り札とも言うべき、最強の魔法を使えば。俺は杖の全体に魔法を溜めて、その場から勢いよく飛びあがった。「統制」の概念がある敵なら、その将を討つのが最善策。敵の大将が討たれれば、その統制もなくなって、残りの敵も散り散りになるからだ。


つまりは、「烏合の衆になる」って事。烏合の衆になった敵は自分がどうしていいのか分からず、その戦意をすっかり忘れてしまう筈だ。戦意の失われた敵は、その力も弱まる筈。今はその、僅かな可能性に賭けるしかない。俺は渾身の力を込めて、上空の黄金龍に突っ込んだ。


「くらえぇ!」


 黄金龍は、その言葉に怯まなかった。その言葉がどんなに激しくても、アイツには怖がる事ではないだろう。多くの冒険者達と戦ってきた(と思われる)アイツには、それらの一つでしかないようだった。黄金龍は自分の宝玉を使って、俺の攻撃を見事に防いでしまった。それがあまりに鮮やかすぎて、俺自身も自分の戦意を一瞬忘れてしまう程に。アイツは「中央」の名にふさわしく、金色の鱗を光らせて、俺の身体に雷撃を落としはじめた。


 俺は、その雷撃に弾かれた。雷撃の衝撃は(覚醒状態のお陰で)それ程でもなかったが、やっぱり痺れる事は痺れるようで、カーチャが自分の背中に俺を乗せてくれなければ、地面の上にそのまま叩きつけられるところだった。カーチャは地面の上に俺を下ろすと、人間の姿に変わって、木の物陰に俺を連れていった。木の物陰には、彼女の主人も隠れている。ティルノはそこから顔を出して、戦いの様子を見まもっていた。


「あ、ありがとう」


 カーチャは、その言葉に溜め息をついた。その言葉にどうやら、かなり呆れているらしい。


「まったく! 一人で突っ込むなんて、無謀すぎるワン。しかも、敵の大将に」


「う、うん、そうだけど。でも、今は」


 そこに割りこんできた、ティルノさん。彼女もまた、自分の従者と同じような表情を浮かべている。


「や、やっぱり、無謀です! 貴方がどんなに強くても、一対一で戦える相手じゃない。さっきのアレは、あまりに無茶すぎます!」


「う、うん」


 確かに。でも、だけど……。


「なら、どうやって?」


 アイツを倒せばいい? あの強力な相手を、倒さなきゃならない敵を。


「俺達は……」


 そう、つぶやいた時だった。俺達の周りから足音、それも無数の足音が聞えてきた。俺は「それ」に驚いて、足音の方に目を向けた。「?」


 何者かは、分からない。分からないが、こちらに向かってくるのは明らかだった。彼女達はそれぞれの武器を抜いて、俺達の前にすぐさま走りよった。


「加勢するわ! 貴方達、困っているんでしょう?」

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